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第68話 巻き込まれるには情報不足 -6
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文化祭の準備に追われて、帰る頃には空はすっかり暗い。
みんなでワイワイと帰る時もあるけど、今日は塚本と二人だ。
それでも、オレの頭の中は別のことでいっぱいだった。
つまり、吉岡さんと仲井の不可解な関係について。
「人って奥が深いよな」
校門を出てからのオレの第一声がそれだった。
薄々は感じていたし理解していたつもりだったけど、今日は改めてそう思ってしまった。
吉岡さんもだけど、あの仲井も。
どうして吉岡さんに冷たくするのか理解できない。
ただのセクハラ野郎じゃなかったんだな。
誰でもいいって訳じゃないんだ。
でも、なんでオレには“ああ”で、吉岡さんには…。
うー……やっぱ解からん。
混乱するオレを塚本が覗き込んでくる。
「深かった?」
と、訊いてくるこの塚本が、オレの周りで一番深くて見え難いんだけどな。
「うん。自己中にならないように結構気を遣ってるつもりだったけど、やっぱ自分中心に考えてたんだなぁって」
吉岡さんが、あの仲井を好きだとは、オレの考えの及ぶ範囲外だ。
それは、オレが仲井を快く思ってなかったからで、世の中には仲井を好きだと言う人がいても全然不思議じゃないんだよな。
でも、だからって何もそれが吉岡さんじゃなくてもさ。
吉岡さんの好きな人が、塚本じゃなかったのは良かったけどな。
って、その心配もまたオレの勝手な思い込みだったんだけど。
ポン、と頭に手が乗る感覚がして咄嗟に隣を見る。
軽く撫でただけで、手はすぐにどこかへ行ってしまった。
「気遣ってるだけ、偉いよ」
あ、褒められた。
撫でられた頭を、確かめるように自分で擦ってみる。
「自分で」と「他人が」と、「塚本に」っていうのは、みんなそれぞれ違うんだよな。
「……ちなみに、塚本の事だったんだけど」
「俺?」
怪訝そうに塚本が訊き返してきた。
「なんかな、みんながオレから塚本を奪おうとしてるように思えたのデス」
過去形で言ったけど、今だって結構そう思っている。
どっかからニョキっと手が伸びてきて取られそう。
塚本はコレだから、そのまま黙って持ってかれてそうで心配。
その時、オレは錘になれるのかな。
必死にしがみ付いても、有るか無いかも分らない錘だったら意味がないだろ。
「それ、不安の理由?」
前に言ったことを憶えていてくれたらしい。
塚本にとっては馬鹿馬鹿しいことかもしれないけど、オレには結構深刻だったんだよ。
「被害妄想だよな、コレって」
「あーあ」って頭を抱えて息を吐く。
自分が好きだから、周りもみんなオレと同じくらい好きなんじゃないかと思ってしまうなんて、発想が貧困なんだよな。
「俺も思うよ、たまに」
不安がるオレを安心させようとしたのか、塚本がそんな事を言ってきた。
オレはちょっと冷めた目で塚本を見る。
「オレの事?」
「そう」
それは、無い。
と言うのも、塚本がこんなくだらない被害妄想をするとかしないとかじゃなくて、心配しなくてもオレは取られませんって事。
「オレなんか誰も持っていかねぇっつーの」
「……」
まったく、同意すればいいってもんじゃないだろ。
オレは塚本みたいにモテないし、あちこちに「何番目」とかいう人もいないんだよ。
「あ、そーだ」
ふと、仲井から聞いた妙な噂を思い出した。
オレの知らない所で変な風に知られるより、今オレの口から言っておいた方がいいよな。
「オレと生徒会長と宮津さんが三角関係って噂、聞いたか?」
「……は?」
塚本が一瞬、呆気に取られたように固まってしまった。
おっ、珍しい反応だ。
塚本でも驚くくらいだから、意外性という意味ではトップクラスだな。
「そういう噂が流れてるらしいんだけど、嘘だからな。変な誤解するなよ」
噂では、オレが宮津さんを好きって事になっているらしいからな。
万が一にも、塚本にそんな誤解されたら困る。
「分ってる」
オレの心配を余所に、全く疑う様子もなく塚本が言う。
それも何か、悔しい。
気にしてくれないんだよな。
どうしてそんな噂が流れたのかとか。
訊かれても、オレも知らないから答えようがないんだけど。
「嘘とかホントとか、どうでもいい事だったか?」
噂が本当でも嘘でも、塚本には大した事じゃないのかな。
もしオレが今、「他に好きな人ができた」って言ったら、塚本はあっさり「分った」って言うのかな。
それとも、それ以外の答えを持っているのだろうか。
「と言うか」
塚本がぼんやりとした感じで遠くを見やる。
オレはそんな塚本を、何を言う気なのかと、ちょっとドキドキしながらじっと見た。
「それで、俺の気持ちが変わる訳じゃないから」
不意にこっちを向いた塚本がそう言って微笑うから、オレはその場に立ち止まって動けなくなるくらいの目眩に襲われた。
そういう事を言われると、ちょっと……倒れそう、かも。
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