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第70話 お節介とお説教 -2
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逃げる藤堂を追って隣りの校舎へやってきた。
正門から見ても裏門から見ても一番奥にある校舎で、基本的に文化祭には使わない校舎だから人の出入りが少ない。
だから、そんな校舎内をバタバタと逃げるように走る足音はよく響く。
姿を見た訳じゃないけど、二階の奥の方で音が消えたから、きっとその辺にいるだろう、と予測しながら後を追った。
こっちかな? と勘で覗いた教室には人がいた。
知っている顔だったけど、残念ながら藤堂じゃなかった。
本当に残念という言葉しか思いつかない。
ガラッとオレが開けた扉の音に気づいてこっちを振り向いたのは、ど真ん中の机の上に座る仲井だった。
「藤堂来ませんでした?」
廊下と教室の狭間から動かずに、中を覗き込んで訊いた。
「カオリちゃん? さぁ?」
大袈裟に首を傾げて仲井が答える。
こいつ相手じゃ、嘘か本当か分らない。
「空き教室で何やってんの?」
藤堂が隠れてないか、教室の中を見回しながらテキトーに質問をしてみた。
実は、発見した瞬間から「何でこんなトコにいるんだよ」って気になってしまったから。
「俺らの教室、出店の準備で居場所なくってね」
「サボリ?」
「そうとも言う」
実行委員としては、首根っこ捕まえて連行したい気分だ。
でもまぁ、やる気の無いのがいても邪魔になるだけだから別にいいのかもな。
そう言えば……。
「昨日、吉岡さんが呼びに来たのもサボってたから?」
何気なく言ったオレの一言で、それまでヘラッと笑っていた仲井の表情が曇った。
何だ?
オレ、そんなに変に事訊いたか?
「あれは……」
と迷うように言葉を濁しながら視線を床へ落としたかと思うと、すぐに顔を上げる。
そして、次にオレと目が合った時には、それまでの返答に困っていた表情ではなくなった。
僅かに細めた目が、探るようにオレを凝視する。
「あいつ、なっちゃんに何か言った?」
尋問みたいな言い方で気に入らない。
それに、「あいつ」って、吉岡さんのこと?
「別に、何も」
「ふーん」
あまり信用してないっぽいカンジの相槌だ。
本当は「何も」って事ないんだけど、昨日吉岡さんが言った事に関しては、オレもまだ整理中で……と言うか、いくら本人から聞いたとは言え、信じられないなんだよなぁ。
人の趣味にケチつける気はないけどさ。
何より信じられないのは、「相手にされてない」って部分。
吉岡さんみたいな人に告白されても突っぱねるなんて、オレが勝手に抱いていた仲井像とはかけ離れすぎている。
「でも、こんなのオレが言うことじゃないと思うけど、訊いてもいいデスカ?」
気になって仕方無い。
仲井が吉岡さんを相手にしない理由。
「どーぞ」
いつもの軽い口調に戻った仲井がそう言うから、オレは一歩だけ教室に足を踏み入れて質問の準備をした。
「どうして吉岡さんに冷たくするの?」
「冷たい?」
意外な事を指摘されたかのように、怪訝な表情の仲井が訊き直してくる。
自覚なかったのか?
「そんな気がした。昨日だって、オレと話してたのと態度違ってたし」
むしろ、仲井の態度は逆にして欲しい。
その所為で、オレは吉岡さんに嫌われちゃうし。
迷惑極まりない。
「それは、なっちゃんがカワイイから」
「ふざけんなっ」
人が真剣に(と言う程でもないけど)話をしているのに、仲井はいつもの調子でヘラリと笑う。
それに、その理由でオレに構うんだったら、吉岡さんに対してはもっとバージョンアップした物凄いセクハラをしないといけない筈だろ。
ふと、仲井の表情から戯けた雰囲気が消えた。
「あいつが、訳分んねぇ事言うから」
ポツリと呟いて息を吐く。
それはもしかして、吉岡さんが仲井を好きだと言う事だろうか。
もしかしたら、オレが理解できなかったように、仲井も吉岡さんの告白を信じていないのかもしれない。
でも、だからって振るか?
冷たくするか?
「どこまで訊いた?」
「えっと……」
初めて見るかもしれない穏やかな表情で聞かれて、不覚にも動揺してしまった。
おまけに、言う事は唐突だし。
「あいつ…那弦《なつる》は何て言ってた?」
多分、それは吉岡さんの名前なんだろう。
そう言えば、吉岡さんも仲井のことを名前で呼んでいたよな。
吉岡さんは相手にされてないって言っていたけど、随分と親密なカンジじゃないか?
いや、でもこいつ、オレの事も「なっちゃん」呼ばわりだからな。
呼び方は参考にならないか。
「いつも振られてばっかで、全然相手にされてないって」
信じられないけど、吉岡さんは確かにそう言っていた。
「それだけ?」
「オレの事羨ましいって、言ってた」
「そっか」
納得したように呟いた仲井には、吉岡さんがオレの何を羨ましがっていたのか分っていたようだった。
分っているのに、どうしてそのままにして置くんだろう。
「どうして振るの?」
吉岡さんは「全然相手にされてない」と言っていたけど、今の仲井の態度を見る限りでは、そんな事はなさそうだ。
むしろ、気にかけているように取れる。
吉岡さんの事、嫌いじゃないなら、素直に付き合えばいいのに。
なんて、オレが言う事じゃないんだけどな。
でも、からかっているだけのオレと吉岡さんとの態度が違うのって、そういう事なんだと思うんだよな。
「那弦は勘違いしてるんだよ、俺のことが『好き』って。それが分ってて『俺も』なんて言うの、ナシだと思わない?」
「……そう、かな?」
と言ってみたものの、仲井の言いたいことが解からない。
「それは、なっちゃんが当事者じゃないから。自分に置き換えろよ。誠人がなっちゃんを『好き』って言うのが誰かに騙されてだったらどうする?」
どうするって言われたって、その仮の設定が謎。
誰がわざわざ塚本を騙してオレを好きにさせるんだ?
そんな仮定、訳解からなすぎ。
「嫌だろ?」
返答に困っているオレに、誘導するように訊いてくる。
でも、騙されてとは違うけど、そういうのは少し分る気がするかも。
塚本に、「誰でもいい」って思われながら付き合うのは嫌だ、と思ったのと似ているのかもしれない。
んー……違うかなぁ。
「いつか、那弦に本当に好きな奴ができた時にさ、俺への感情が間違いだったって気づくんだよ。その時にでも、俺が那弦に応えなかったことを感謝してくれればそれでいいよ」
どうして、そんな寂しい事を微笑いながら言えるんだよ。
間違いとか感謝とか、仲井が決めることじゃないだろ。
「そんな風に考えるの、辛くない?」
「辛いとか辛くないとかは関係ないの」
何も解かってない子どもを諭すように言われた。
「それに、これは俺が自分で選んだ痛みだから、なっちゃんが気にする必要もない」
確かにオレには関係ないけど、二人とも辛くて痛い選択なんて止めればいいのに。
わざわざ自分で複雑にしてこんがらがって、一体何がしたいんだ?
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