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第71話 お節介とお説教 -3
「けど、吉岡さん、誰かに騙されてるようには見えなかった」
オレも、一瞬「騙されているんじゃ」って心配したけどな。
それに、誰が何の為に騙しているっていうんだ?
「有名な話があるだろ。誘拐犯に連れ攫われた被害者が、犯人と時間を過ごしているうちに、 犯人に恋をしてしまうって話」
テレビか何かで聞いたことがある。
それと同じような例えで、吊り橋の話もあったよな。
危険だと感じる場所での方が、ナンパ率が高いとか何とか…。
「それって、その時の興奮が恐怖からくるものなのか、それとも恋をしたからなのか区別がつかなくなるって事なんだろ?」
「そう、なのかな……?」
そこまでは知らない。
だけど、恐怖と恋愛感情って間違えるかなぁ?
どんなにドキドキしても、結局恐怖は恐怖だろ。
「恐怖って、意外と常習性があるのかもな。追い詰められる興奮がクセになったりして」
不敵に微笑った仲井がこっちを見る。
人を常習者みたいな目で見るなよ。
「お化け屋敷とか?」
「そーだね。恐いと分ってて入るんだから、それに近いかもね」
一番最初に浮かんだ、ごく一般的な施設を言ってみたら、仲井は苦笑しながら頷いた。
あとは、真夏の怪談とか。
確かにあるのかもな、常習性。
オレはそうでもない方だけど。
で?
オレは吉岡さんの話をしていた筈なんだけど?
いつの間にお化け屋敷に摩り替えられていたんだろ。
「それと、吉岡さんが騙されてるのとどういう関係があるんだよ」
上手く誤魔化されたんじゃないかと不満気に言ったオレを見て、仲井が仕方無さそうに首を竦めた。
「じゃあさ、なっちゃんは俺と最初に会った時のこと憶えてる?」
憶えているけど、思い出したくない。
せっかく忘れかけていたのに、また穿り返してくんなよ。
「あの時、エースケがいなくて俺一人で、誠人もいなくて最後までヤってたら、俺のこと好きになってた?」
「はぁ!?」
考えたくも無い「もしも」話だ。
その上すっげぇ質問。
あの時、あの場所に塚本がいなかったら?
確かにあの時のことがきっかけみたいなものだったから、塚本とは今みたいな関係になってなかったかもしれない。
がっ。
だからって、仲井を好きになるなんて絶対に無い!
むしろ、例えあの場にいなくても、塚本を好きになっている可能性のが高い。
今のオレには、塚本を好きじゃないオレなんて想像もつかないんだ。
そして、こんなに力いっぱい再認識して、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「なってないだろ」
またしても、オレが口に出すより先に、当然のように仲井が答えを言う。
「むしろ俺のこと大っ嫌いになって、できることならこの世から抹殺したくならない?」
「なる」
何だ。
分っているんじゃないか。
だったらするなよ、そんな質問。
「俺もそう思うんだよね」
睨んだオレの視線に気づかない振りをして、仲井がぼんやりと一人心地で言った。
また話が逸れてないか?
こいつらは、何でこんなに本題から遠ざかるのが好きなんだよ。
「何が言いたいんだよ」
「だから、そう言うこと」
嫌な感じがした。
自分の事じゃないのに、完全に他人事とは言えなくて鳥肌が立った。
「まさか……」
言葉が続かない。
さっき仲井が言っていたのは、吉岡さんの時の事だったのか?
仲井と二人きりで、助けてくれる人がいない状態。
それで、最後まで……って?
「自分を襲った奴にその後も進んで抱かれに来るなんて理解できないし、ましてそいつを『好き』だなんて言う神経は壊れてるって」
何だ、こいつ。
悪いのは自分なのに、非は吉岡さんの方にあるみたいな言い方だ。
力ずくで奪っておいて、気持ちが向いたら無視って、そんなの酷すぎる。
理解できないような事をして壊したのはお前だろ。
誰だよ。
こんなのと吉岡さんに対して、「嫌いじゃないなら、素直に付き合えばいいのに」とか思ったのはっ。
オレだよ、オレ。
ちょっとでもそんなバカな事考えるんじゃなかった!
「な……」
オレの憤りが爆発する直前、物凄い音を立てて、教室の後ろにある掃除用具入れの扉が勢いよく開いた。
何の現象かと驚く間もなく、どこかへ行ってしまった筈の藤堂が飛び出てくる。
「最っ低だ、お前!!!」
登場するなり、かなりご立腹な藤堂は、仲井を睨みつけてそう叫んだ。
「あーあ」と息を吐く仲井と状況が掴めてないオレの元へと、何本か倒れた箒を踏みつけながら藤堂がツカツカとやって来る。
どうでもいいけど、藤堂。
何でそんなトコから出てくるんだ?
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