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第72話 お節介とお説教 -4【藤堂】
とにかく、「逃げなきゃ」と思った。
その瞬間、目の前に突き出された真っ白な布に頭の中が浸食された。
どうしてそんなにオレにそんなものを着せたいのか、瀬口はややキレ気味に詰め寄ってくる。
でも、だからって「はい、そうですか」って簡単には受け取れない。
だから、逃げた。
瀬口の不意をついて教室から逃げ出した。
逃げ込んだ先の空き教室には先客がいた。
利 の数少ない友達の一人、知久くん。
知久くんは、教室の扉に手を付いて肩で息をするオレを見て興味深そうに声を掛けてきた。
「どしたの? やけに慌てて」
机に座ったまま、悠長に訊いてくる。
「追っ手から逃げてんの。隠して、隠して」
「えー、ヤダよ。単独でカオリちゃんに関わると後が恐いから」
ズカズカと教室に入ったオレから距離を取るように、座ったままの知久くんが大袈裟に身を引く。
知久くんが恐れているのは利だ。
何もないのに、「何かあったんだろ」って蹴るから。
「内緒にしとけば分らないって。とにかく急いでんのっ」
後ろから瀬口の気配がした気がして、急かすように言う。
「しょーがないなぁ。じゃ、あの辺に隠れとけば?」
と言って知久くんが指したのは、教室の後ろに置かれてる掃除用具入れ。
他に適当なものはなさそうだし、とりあえず瀬口をやり過ごせばいいだけの事だったから、迷ってる暇もなく知久くん言う通りに用具入れに隠れた。
それから少しして瀬口がやってきた。
確実にここを狙ってやってくるとは、なかなか勘のイイ奴。
オレがいないって分かったらすぐに他を探しに行ってくれると思っていたのに、瀬口はそのま ま知久くんと話し込み始めてしまった。
オイオイ。
オレがここにいるって事忘れてないよな、知久くん。
そんな話は、オレが隠れてない時にゆっくりしてよ。
早く瀬口を追い払ってくれー、と念じながら、それでも二人の会話に耳を傾ける。
最初は別にそうでもなかった。
この二人って意外と仲良かったんだなぁ、くらいの感想を持っただけ。
けど、聞こえてくる話の内容がどんどんムカツク方に向かっていって、瀬口から逃げていたのも忘れて飛び出していた。
「最っ低だ、お前!!!」
酷いとか最低とかそんなのよりもっと、臓腑を抉り取るような言い回しが思いつかない。
ギッと睨んだ先の表情が至って普通なのが悔しい。
「え? 藤堂?」
突然掃除用具入れからオレが登場したもんだから、瀬口はかなり驚いている。
オレを捕まえようしていた事は、驚きすぎてどこかへいってしまったらしい。
「ダメっしょ、カオリちゃん。せっかく危険を承知で匿ってあげてたのに」
オレの怒りの原因の知久くんはと言うと、この際どうでもいい事を言って全く動じてない。
「んな事はどーでもいいんだよっ。問題はお前だ、お前!」
グワッと、知久くんの胸座を掴んで食って掛かった。
「藤堂、お前どっから出てきてんだよ」
その横で、まだオレの登場に驚いている瀬口が、尖った空気を丸く削るような質問をしてくる。
掃除用具入れに決まってんだろっ。
てか、そんな事はどうでもいいだって。
「つーか瀬口、お前も何かされたのか!?」
さっきの話の中で、そんなような事を言っていたのを聞き逃さなかった。
本当ならとんでもない事だっ。
「えっ……あー、っと……」
瀬口は目を泳がせて言葉を濁している。
はっきり言わないで誤魔化そうとしているのが、「そうです」って言っているようなものだろ。
「されたんだなっ!」
「でも、未遂だったから」
「未遂だろうが何だろうが、しようとしたのは事実だろ!」
と、知久くんを掴んでいた服ごと揺さぶった。
「……ハイ、スミマセンデシタ」
知久くんはあっさり降参して謝った。
体型も力もオレが敵うはずないのに、黙ってされるがままになっているということは、それなりに本当に悪いと思っているからなんだろう。
でも、だからって、そういう問題じゃないっ。
「謝って済むと思うなっ」
「何も藤堂がそこまで怒らなくても……」
瀬口がタジタジと言うから、更にカッとなった。
オイ、瀬口。
何で当の本人なのに、そんなに覇気がないんだよ。
もっと怒れよ!
「オレは、そういうの大っ嫌いなんだよ。力で押さえつけるような真似、卑怯だっ!」
ギリッと奥歯を噛み締めて、手に力入れて、知久くんを睨み上げた。
「でもほら、那弦の場合は二回目からは別に俺が強制してる訳じゃないんだよ」
弁解じみた口調で知久くんが言う。
釈然としないセリフに、思わず手の力が緩んでしまった。
「え? ちょっとマテ。それじゃ、その人は一度きりって事じゃないのか?」
「少なくとも、思い返して数えられる程度ではない」
緩んだオレの手をやんわりと退けながら知久くんが言った。
堂々と言えるセリフかよっ。
「だって、さっきは応えなかったって……」
顔を顰めた瀬口が言うと、知久くんは「ああ」と気まずそうに軽く頷いた。
「気持ちにはってコト。君らだって男の子なら分るでしょ。色っぽい顔で迫られたらグラッとサ」
解かるか、そんなもの。
「自分の意志の弱さを人の所為にすんな」
「色っぽい」なんていうのは、そう感じた人間に隙があるからだ。
邪まな目で見ているから、そういう風に映るんだよ。
なぁ瀬口、と同意を求めようと瀬口を見やったら、何やら真剣な面持ちで口を開く所だった。
「オレ……それ、ちょっと解かるかも」
「はぁ??? お前、何言ってんの?」
「ゴメン、何でもない」
すぐに訂正したけど、今のって瀬口の本音かもね。
ふーん。
色っぽい顔で迫られた事、あるんだ?
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