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第73話 お節介とお説教 -5【藤堂】
「でも、だったらなおさら勘違いなんかじゃないよ」
瀬口が思い出したように言った。
ああ、そう言えば、勘違いがどうとかって言ってたな。
吉岡さん、だっけ?
その人が知久くんを好きだと言うのは、勘違いしているからだって。
そう思う理由が、最初が合意の上じゃなかったから?
それがどうした。
「俺の言った事、ちゃんと聞いてた? 俺が、那弦と仲良くお付き合いできるような人間に見える?」
見えない。
数分前なら「さぁ?」って答えていただろうけど、今は間違いなく、見えない。
だけど、どうして関係ないオレたちに確認するの?
まるで誰かにそう言って欲しいみたいだ。
「でも、好きって思っちゃったならしょうがないよ。誰に何言われても、変えられるものじゃないし」
そんな可愛い事を言う瀬口に目を向ける。
実感篭りすぎだ、瀬口。
聞いているこっちが恥ずかしいぞ。
「なっちゃんは、誠人が好きなんだもんなー」
知久くんが「分かってます」ってカンジで言う。
茶化すように言われた瀬口は、不愉快そうに顔を顰めた。
やっぱりそうなんだよな。
ちゃんと言われた訳じゃないけど、マサくんと瀬口の雰囲気はすっごくいいカンジで、上手く纏まっておりますっていうのが、なんとなーく伝わってくる。
瀬口といる時のマサくんは、もう本当にメロメローって感じで、でも瀬口はそれにあんまり気づいてなくて、そういう所がまたマサくんのメロメロ指数を上げているんだろうな。
「だけどさ、それが本物って自信ある?」
瀬口の反応を見て、知久くんが言う。
はぁ?
何、それ。
言われた瀬口も、何の事やらと首を傾げている。
「じゃあ、なっちゃんのその気持ちがニセモノですって言われたら?」
怯むことなく知久くんが更に質問をする。
その瞬間、何か言いたそうに瀬口の体がピクッと動いたけど、呑み込んでしまったらしく結局何も言わなかった。
そりゃあ、「ニセモノ」なんて言われたら気分悪いよ。
瀬口が憤るのも分かる。
オレはと言うと、その質問ですっかり冷めてしまっていた。
何だか、もがいているように見えたから。
受け入れたいのにニセモノかもしれないと思う気持ちが強くて、だったら見なかった事にしようって逃げている。
利みたいに逆ギレでもすれば分かりやすいんだけど、知久くんは逃げた先で誰にも気づかれないで地味に溺れているタイプだな。
それが分かってしまったら、そのもがく頭を掴んで沈める事はできないでしょ。
そうかと言って、オレに助ける余力もないけどね。
「あのさ、さっきから何か変だと思ってたんだけど」
考えを整理する間を稼ぐために、一旦そこで言葉を切った。
カリカリと頭を掻いて軽く息を吐く。
本物とかニセモノとか、それってそんなに重要?
それに、そんな事誰が決めんの?
「本人が本物だって感じてれば、それって間違いなく本物なんじゃない? だって、鑑定しようにも規格がないんだから」
上手く言えているのか、いまいち自分では自信ない。
「だからさ、その吉岡さんって人のも、きっと本物なんだよ。それを認めてもらえなかったら、この先『本当に好きな奴』なんか見付からないよ。それもニセモノなんじゃないかって恐くなる」
気持ちなんて曖昧なもの、自分が信じていなかったら誰にも分かる筈がない。
自分ですら、理解できない時もあるくらいなんだから。
「そもそも、そんな態度取るんだったら最初っから手ぇ出すなよ、バーカ」
だんだん、理屈を色々考えるのが面倒になって、感情をぶつけていた。
真面目な話よりも、オレにはこっちの方が向いている。
「藤堂……」
ふと、しばらく無言だった瀬口がオレの名前を呟いた。
何か言いたそうにじっとこっちを見てくるから、オレは何事かと身構える。
しまった。
オレを捕まえようとしていた事を思い出しちゃったのかも…。
「どうした、なっちゃん」
「お前、今、いい事言った」
けど、瀬口はオレ以上にそんな事はすっかり忘れているらしく、今オレが言ったことの感想をかなり本気で言われた。
「そお?」
「うん、さすがカオリちゃん。カッコイイ」
ちょっと拍子抜けしたけど、悪い気はしない。
「え? オレってカッコイイ?」
「カワイイ」なら不本意ながら吐いて捨てるほど言われたけど、「カッコイイ」なんて言われたこと無いから新鮮で照れる。
しかも、瀬口は「うんうん」て頷いているし。
瀬口は人を見る目あるなぁ。
「て、事で、一回教室戻ろうか」
オレの腕を掴んだ瀬口が、にっこり笑ってそう言った。
やっぱり、オレを捕まえようとしていた事、思い出してしまったようだ。
しまった。
知久くんになんて構っている場合じゃなかった。
「嫌だっ!」
「嫌じゃない!」
引っ張られる腕を、グググッと引き戻す。
「こんな事で駄々をこねるなんて女々しいぞ、藤堂」
「はぁ!? 『こんな事』って言うならお前がやれよ、瀬口!」
「だから、オレはやれねぇって言ってんだろっ」
文化祭実行委員はミスコンに出場できないなんて、一体誰が決めたんだ。
本当に気に入らねぇ。
知っていたら、絶対に実行委員になっていた。
と言うか、なんで誰も教えてくれなかったんだよ!
「あのー、そこのカワイイお二人さん」
必死の攻防をしていると、横から申し訳なさそうな知久くんの声がした。
「俺の話はもう終わり?」
「何だっけ?」
今はそれどころではないので、思い出すのに少し時間が必要だった。
ああ、知久くんと吉岡さんとかいう人の話ね。
せっかく話が逸れたのにまた戻すなんて、オレや瀬口に何か言ってもらいたいのかな?
「知久くんが好きならいいんじゃない?」
「俺、そんな事言ってないんだけど」
不満気に言うけど、隠しきれてないって。
確かに「好き」なんて聞いてないよ。
だけど、その逆も聞いてない。
「じゃあ、二度と手出さなければいいと思う」
オレの腕を掴んだまま、瀬口が力強くそう言った。
「吉岡さんの事を信じてないんだったら、中途半端に妙な事すんなよ」
瀬口にしては冷たくて厳しいセリフだな。
知久くんに何かされたらしいし(未遂って言ってけど、心情的にはそんな事はない筈)、結構怒っているっぽい。
そりゃそうか。
当然すぎて、瀬口の援護をしたくなる。
だけど、項垂れる知久くんを見たら、もうその必要は無さそうだと思った。
素直に「好き」と言えないのは、後ろめたいから?
殊勝だね。
けど、素直な気持ちで縛り付けて欲しい時だってあるんだよ。
あくまでも、オレの個人的な意見だけどね。
その吉岡さんて人は、何を望んでいるんだろうか。
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