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第74話 文化祭1日目 -1
文化祭一日目。
校内は、朝からやたらと活気付いていた。
午前中はずっとクラスの模擬店の方に張り付いていたので全体的な事はよくわからないけど、少なくともウチのクラスの辺りは賑わっていた。
ウチのクラスの出し物は、焼き鳥屋だ。
他のクラスは、文化祭にやって来る女子目当てで甘味系が多い。
甘い匂いが充満する中、しょっぱい系の的屋っぽいのも中々に人気を集めている。
甘い物食べると、塩分欲しくなるし。
男子としては、クレープとかチョコバナナよりは、焼きそばとか肉がいいよな。
グラウンドの片隅に構えるウチのクラスの模擬店へと、同じく実行委員の森谷が戻ってきたのは、昼近くになった頃だった。
実行委員の受付当番の交代時間が迫っていたため丁度通路に出ていたオレは、近づいてくる大きな足音に振り向いた。
足音の主は森谷で、人を掻き分けるようにしてバタバタと走り寄り、オレのすぐ側で止まった。
本気で走ってきたらしく、森谷は息を切らしてその場に座り込みそうになるのを堪えるように膝に手を付いた。
「どうした、慌てて」
覗きこむように訊くと、森谷は顔を勢いよく上げてオレの肩を掴んだ。
オレはビクッとなって、思わず逃げ腰になる。
こんな所で何かあるとは思わないけど、こいつに掴まれるのは苦手だ。
「いいか、瀬口。俺はここにはいない」
こちらの質問に答える気は全くないらしく、森谷は必死の形相でそう言った。
「は?」
突然そんな事を言われても、さっぱり意味が分からない。
思いっきりここに「いる」のに。
「誰が来ても俺はここにいないからなっ!」
そう言い残し、森谷はウチのクラスの模擬店で使用している食材や備品が置かれている暗幕の向こう側へと消えてしまった。
何なんだよ、一体。
もっと事情を説明しろよな。
いるのに、いないなんて、意味が分からない。
とりあえず、オレは実行委員の仕事しに行かなきゃな。
不可解な森谷の言動に首を捻りながら歩き出そうとしたオレの前には、どこかで見た事のある人がいた。
と言うか、見憶えありまくりだ。
「こんにちは」
にっこり笑ってオレに挨拶するのは、三年生の浅野さんだった。
「あ……こんにちは」
今日は文化祭で、色々な人が行ったり来たりしているけど、この人は予想外だった。
しかも、焼き鳥を買いに来た風でもない。
塚本関連でオレに用だったりして。
イヤ、待て待て。
この人と塚本はもう別れているんだから、今更オレに用なんてないって。
あー、でも瞳子さんの前例があるしな。
でも、だったら体育館で会った時に何か言われていただろうし。
「ここのクラスだったんだ?」
オレの心中なんて全く予想もしてないような、爽やかーな笑みで浅野さんが聞いてくる。
「ええ、まぁ」
「で、実行委員」
「そうです、けど……?」
どうしてそんな事を聞かれるのか解らない。
実行委員なのがそんなに変か?
オレ、そんな風に見えない?
「イイ匂いだなー」
ウチのクラスの模擬店の方を見た浅野さんが、いきなり話題を変えた。
「えっ……ああ、はい。美味しいですよ」
慌てて対応しながら、この人って結構マイペースなんだな、と、この先役に立つのかも不明な浅野さん情報を心のメモに書き加えておく。
「ふーん」と品書き一覧を一瞥した後、浅野さんが満面の笑みでオレに言う。
「じゃあ、ハルくんを一人。お持ち帰りで」
「……は、ハルくん?」
そんなのメニューにあったっけ?
てか、確実に無いし。
「あの暗幕の向こうに隠れてるハルくん」
困惑して返答にできずにいるオレを余所に、浅野さんはテントの奥の暗幕を指してそう言った。
「隠れてる」って、「ハルくん」は人の名前?
確かあそこには森谷が隠れていたような。
誰が来ても「俺はいない」って言っていたし、一応言っておくか。
「……誰もいませんよ?」
「そお?」
「イヤ、誰もって事はないですけど、ハルくんって言う人は……」
「そっか。残念だなぁ」
浅野さんは、思ったよりあっさりと諦めてくれたらしい。
特に深く追求することもなく、フラフラーっと人込みに紛れてしまった。
結局、何しにきたんだ?
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