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第85話 文化祭2日目 -6【大橋】

 ようやく終わったミスコンの後片付けの最中に、「それ」は爽やかな風を纏ってやってきた。 「やあ、大橋」  生徒会長である綾部唯は、わざとらしい程の笑顔を貼り付けて、作業の邪魔をしにきたとしか思えない軽い口調で労いのセリフを言う。 「ご苦労さん」  口で言っているだけで心が篭ってないから、こっちも投げやりになる。 「はいはい」 「何だよ」  軽くあしらったら不服そうな表情をされた。  けれどそれも表面だけで、大した事ではなさそうだ。  その証拠に、顔が笑っている。 「やけに機嫌がいいじゃないですか」  文化祭も終盤(終わったも同然)で、連日の準備やら何やらで疲れて機嫌悪そうなものなのに、今日の会長は何やら楽しそうだ。  世間では、陰気より陽気な方がいいと言われているかもしれないが、会長の機嫌が良いと ロクな事にならないから、はっきり言って迷惑だ。  悪くても、それはそれで鬱陶しいが……。  どうせ、宮津さんに会いに来たのだろう。  こんな所で会ったって喧嘩にしかならないというのに、まったくよくやるよな。  そんなに気になるなら、生徒会長権限でずっと自分の側にいてもらえばいいのに。  会長の考えている事は、俺には一生理解ができない。 「あ」  何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回していた会長だったが、そう小さく呟いたきり 固まったように動かなくなってしまった。  そんな会長の視線の先には、案の定、宮津さんがいらっしゃった。  おまけに、宮津さんは噂の瀬口と一緒にいる。  何だか知らないが、会長と瀬口が宮津さんを取り合っているとかいう噂があるらしい。  どうせデマだけどな。  以前にも、あの二人に関する噂は結構あったけど、その殆ど(と言うか全部)がデマだった。  それに、もし噂が本当なら、会長がこんなに呑気にしてられる筈がない。  馬鹿みたいに宮津さん一筋だから。  俺としては、噂の真相よりも、どうしてそこに瀬口が引き摺り出されてしまったのかの方が気になるな。  それにしても、会長はまた何か言いに行く気じゃないだろうな。  公の場では冷たくされると分かっていて、どうして自分から近づいて行くんだ。  そんなに話し掛けるのを我慢できないのなら、会いになんて来なければいいのに。 「また怒られますよ」  フラリと宮津さんの方へと行ってしまいそうになる会長に、仕方なしに声を掛けた。  一応言っておかないと、後で宮津さんに睨まれてしまうから。 「お前さ、この状況をどう思う?」  俺の忠告で振り向いた会長が、深刻そうに訊いてくる。 「どうって?」 「俺が振られたっぽくないか?」  真剣な表情に似つかわしくない、間抜けた質問だった。  つまり、会長と瀬口が宮津さんを取り合っているという噂の中、宮津さんと瀬口が仲良く談笑をしていたら、宮津さんが選んだのが瀬口だと周りに思われ、結果、会長が振られたように取られるのではないか、と言いたいようだ。  そんなのは今更じゃないか。 「と言うか、元々、噂では会長が振られまくってるじゃないですか」  会長にとっての禁句を、苦笑交じりに冗談半分で言ったのがマズかったようだ。  会長は無言で、ツカツカと宮津さんの近くへと言ってしまった。  今度は止める暇すら無かった。  止め方に必死さが足りなかった所為かもしれない。  まぁ、どーでもいいけど、面倒だけは止めてもらいたい。  せっかく、もうすぐで文化祭も終わるんだから、最後に余計な事はしないでほしい。  そんな俺のささやかな祈りも空しく、宮津さんの側に到着した会長が躊躇う事なく口を開く。 「遊んでる暇がある奴はいいよな」  だから、どうしてそんな厭味な言い方になるのか。  「振られた」という噂を嫌うなら、もっと穏やかに会話すればいいのに。  結局何がしたいのか、俺にはさっぱり解らない。  それに、宮津さんも宮津さんだ。  会長の乱入に、宮津さんも負けじと応戦する。 「別に遊んでる訳じゃない」  話し掛けてきた会長を睨んで、さらに追い討ちをかける。 「そっちこそ、何もしないでフラフラしてるように見えるけど?」  あーあ。  また始まったよ、この二人。  宮津さんも、騒がれるのが嫌なら無視すればいいのに。  噂を嫌うくせに、噂を広めるような真似ばかりしている。  本人たちにその自覚はないのか?  だとしたら、相当間抜けた二人だ。  それにしても、間に挟まれた瀬口が気の毒だ。  助けてやってもいいけど、出来ることなら会長と宮津さんには関わりたくないんだよな。  下手すると、こっちまで巻き込まれてしまうから。  俺を含めた四角関係なんて噂、冗談じゃないからな。  可哀想だけど、見捨ててしまおう。  見捨てる事に決めたのとほぼ同時に、二人の間で困り果てていた瀬口の背後に誰かが立ちはだかった。 「うわっ」  そいつは、二人の上級生に挟まれて困っている瀬口の腕を引っ張って、自分のもとへと引き寄せた。 「こいつ、関係ないので連れていきます」  大人気ない上辺だけのケンカを繰り広げていた三年生に向かって、威嚇するような低い声でそう言い放つ。  会長も宮津さんも、引っ張られた当の瀬口も、そいつの突然の出現に多少なりとも驚きを隠せない様子だ。  そいつは、去年までの同級生・塚本誠人だった。  驚いた。  こんな事もあるんだ、と感嘆してしまう。  と、言うのも、俺の記憶にある最近の塚本は、いつも無気力だったから。  あんな風に、自分から何かを奪いに行くなんてしない奴だと思っていたから。  昔(中等部の頃)は、もう少し覇気があったと思う。  高校に入ったくらいからは、何に対しても無気力無関心で、姿すら滅多に見なくなって、とうとう留年までしてしまった。  そんな塚本が、まるで大事なものを守るように瀬口を連れ去って行った。  当の瀬口は、何が何だか分からないまま引き摺られているようにも見えるが、驚いていると同時に、嬉しそうでもあった。 「あー……あいつ」  塚本たちを見送りながら、何かに気づいたように会長が呟いた。 「何?」 「今度話す」  宮津さんが訊くと、会長は「ここで言う事じゃないから」と言葉を濁していた。  へぇ……。  珍しいもん見れたな。  塚本と瀬口もだけど、置き去りにされた会長たちの素の会話。  元々、仲なんて悪くないのだから、予想外の事態になるとボロが出る。  周りから見れば、自然すぎるのが逆に不自然だ。  普段からそうしていればいいのに。  やっぱり、この二人は俺には理解できないな。

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