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第86話 文化祭2日目 -7

「こいつ、関係ないので連れていきます」 「へ?」  思わず間抜けた声が漏れてしまったのは、聞こえるはずのない声がしたから。  「何で?」って思っているうちに腕を引かれて、どっかに連れて行かれそうになっている。  オレの腕を引くのは、昨日からずっと会いたかった塚本だ。  やっと会えて嬉しい筈なのに、ちょっと怒っているようなオーラが放出されているが気になる。  塚本のこういう雰囲気は、オレが何かしちゃったんじゃないかって気にさせられるから苦手だ。 「塚本っ」  呼んでも全く反応なし。  オレの手首を掴んでグイグイと先に進んでいく。 「あんまり引っ張るなよ、痛いだろ」  咄嗟に言ったそんなオレの言葉を真に受けたらしく、塚本は慌てたようにオレの腕を掴んでいた手を離した。 「痛い?」  ちょっと心配そうにオレの腕を見る。  そんな風に心配されてしまうと、大袈裟に言った事が恥ずかしくなるじゃないか。 「大した事ないけど」 「ごめん」  更に神妙な謝罪が降ってきて、何だか申し訳ない気分になってしまった。  何だよ、もう。  そんなに心配すんなよ。 「いいよ、別に」  そこまで謝られると、逆こっちが悪い気になってしまう。  掴まれていた部分をもう片方の手で擦りながら、それでもちょっと赤くなってしまっているのを確認した。  でも、それはすぐ消えてしまって、目に見える痕より、掴まれていた感触がずっと残っている。 「どこまで行くつもりだったんだよ」  とりあえず目的を訊いてみる。  まともな答えが返ってくるとはあまり期待してなかったけど、塚本はすぐに口を開いた。 「どこか」  そこで一度言葉を切った。  それから、どっか遠くを見ていた瞳がこっちに戻ってきて、真顔で続きを口にした。 「人のいない所まで」  ……その言い方、何かイヤだ。 □ □ □  言い方はともかく、人のいない所というのはオレも賛成なので、そのままいつもの屋上へ移動した。  下の方から賑やかな声がするけど、今オレたちがいる場所からはもっとずっと遠くから聞こえるみたいだ。  文化祭ももう終わっちゃうんだな、とか感傷に浸ってみたりして。  イヤイヤ。  その前に、やっと見つかった塚本だろ。 「いきなり現れるからビックリしたぞ」  探している時は全然見つからなかったくせに、気抜いてる時に突然現れるなんてズルイよな。 「黙ってられなかったから」  塚本は、フェンスに寄りかかるようにしてズルズルと腰を下ろした。  いつもの事だけど、やる気ねぇ……。  そんな事で安心してしまえる自分に笑いながら、オレも塚本の隣に並んで座った。 「黙ってられないって?」  言っている意味が分からなかったから訊き返すと、オレをドキドキさせる眼差しがこっちを向いた。 「俺のいない所で、瀬口を取り合うのは、面白くない」  言われた瞬間は、何の話をしているのかさっぱり分からなかった。  けど、塚本が現れた時の状況を思い返して、誤解されているのだと分かった。  それって多分、会長と宮津さんの事だよな。  あの噂は違うって言ったのに。  あれ?  でもあの噂って、オレを取りあってるっていうんじゃなかったよな。  えーっと、何だっけ?  まぁ、別に何でもいいけど。  にしても、塚本がいつになく行動的だと思ったら、とんでもない勘違いをしてただけかよ。 「あれは、別にオレを取り合ってた訳じゃ……」 「なくても」  珍しく、塚本がオレの言葉を遮って何か言おうとしている。  勘違いしていたくせに何を言う気だろう、とちょっと身構えてしまう。 「瀬口を見てると、攫いたくなる」 「どこにだよ」  その質問には、ただ微笑っただけでこれといった答えが返ってこなかった。  別に、どこにだって攫っていってもらって構わないんだけど。  そう言えば……。 「機嫌直ってる」  思わず声に出してしまった。  昨日ちょっと変だったから気になっていたんだけど、今はいつもの塚本だ。 「機嫌?」 「昨日、悪かったから」 「俺が?」  自覚無かったのかよ。  だったら相当性質悪すぎ。  もしかしたら、昨日の事だけどもう忘れてしまったのかも。 「機嫌が悪いっていうか、何か悩んでるっぽかったような気がしたんだけど」 「ああ……」  補うように言ったら、何か思い当たったトコがあったらしく、軽く頷かれた。  で、それっきり。  何があったかをオレに言う気はないらしい。  オレの知らない間に解決したみたいだから、今更オレに言っても仕方ないんだろうけど、何があったのかくらいは知りたいから。 「何かあった?」  と、訊いてみる。  けど、訊いてもすぐに反応がない。  塚本にとって、もう終わった事を説明するのは面倒なのかもな。 「言いたくないなら、別にいいけど」  オレなんかに言っても仕方ないのだったら、別に無理に聞き出そうとか思わないよ。  オレの存在が軽いみたいで寂しいけど。  と、ちょっと拗ねかけたトコで、塚本がおもむろに口を開いた。 「瀬口が」 「オレ?」  名前を出されてちょっとドキドキしてしまう。  オレ、何かしたか? 「知らない奴といたから」  少し遠くを見るような目が捨てられた犬みたいでちょっと可愛い、とか思っている場合じゃない。 「はぁ?」 「面白くなかった」  心情を吐露する塚本は、歯痒そうな表情でこっちを見ている。

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