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第87話 文化祭2日目 -8
それじゃ、塚本が変(ある意味いつも変だけど)だった原因って俺?
黒見がそんなような事言ったけど、本当にオレ?
「知らない奴って、篤士?」
他に思い当たらなくて、「まさか」と思いつつも友人の名前を挙げてみる。
その名を聞いた瞬間、塚本の表情が少し翳った。
「そう」
「そう」って、あっさり頷かれても……。
「でも、篤士はただの友達だぞ」
「うん」
「昨日は久しぶりに会ったから嬉しかっただけで」
「分かってる」
戸惑いながらの説明に、塚本はテンポよく頷く。
「……それでも、面白くなかった?」
「あんまり」
素直なのはいい事だ。
でも、時と場合による。
そういう風に思ってくれるのは嬉しいんだけど、オレの胸中はかなり複雑。
「どーすればいいんだよ、オレは」
友達と喋るくらい何だよ。
自分は元カノと一緒にいたくせに、オレがただの友達といるたげで「面白くない」って、ずるくないか?
なんでオレだけ。
そんなにオレが塚本の知らないヤツといるのが気に入らないんだったら、ずっとオレの側にいればいいだろーが。
「瀬口」
「何だよ」
塚本の身勝手な理由に少し腹が立って、突っぱねるような言い方になってしまった。
けど、オレの態度に影響されることなく、塚本は淡々といつもの調子で続ける。
「今日、この後、ウチで打ち上げの予定がある」
今までの会話の流れからは外れた内容に、うっかり聞く耳を持ってしまった。
「うん?」
打ち上げって、文化祭の?
塚本ってそういうのするタイプだったんだ?
つーか、誰と?
メンバーは大体想像つくけど。
「来るか?」
……って、訊かれなくても行くに決まってるだろ。
オレが断る訳ないって分かってそういう訊き方をするんだったら、相当悔しい。
「うーっと、実行委員会でもあるんだよな、そういうの」
何て言ってみてはいるけど、もうそっちには行く気はなくなってしまっている。
塚本には、少し悩む振りをしてみる。
オレだって、塚本の誘いを断る余地くらい持っているんだぞ、って見栄を張ってみたいじゃないか。
だからどうって訳でもないけどさ。
「けど」
悩む振りをするオレの首筋へと、塚本の手が伸ばされた。
なぞるように触れる指が擽ったい。
少し肩を竦めて逃げるような格好になると、二の腕を掴まれて、それ以上離れられなくされてしまった。
どうしよう。
逃げられない。
「選んでくれるんだろ? 俺を」
耳元で低い声が囁くから、一瞬にして力が抜けた。
オレの腕を掴む塚本の手に支えられるようにして、今の体勢を保つのがやっと。
見透かされてしまっているのが恥ずかしくて、顔も上げられない。
……って状態なのに、更に追い討ちをかけるように生暖かいものが耳朶を這った。
「……ぅわ」
それが何かはすぐに分かった。
カプッと甘噛まれた事ならあるけど、こんなのは初めてで目眩がする。
だけど抵抗なんてできなくて、身体を走るゾクゾクする感覚と頭に響く濡れた音に耐えながら、塚本にしがみ付いていた。
「つ……かもとぉ」
ぎゅっと塚本の服を掴んで、情け無い声で訴えた。
ヤなのに、ヤダって言えない。
うぅー……。
「瀬口?」
オレの様子が変だと気づいたらしい塚本が、やっと耳から口を離してくれた。
ただし、覗き込んできた顔が笑っているのが悔しい。
「なっ、な……」
動揺しまくりで上手く言葉が発せられない。
「『な』?」
どもった言葉を繰り返して訊かれのも情けなさすぎ。
やっと解放された安堵感より、よく分からないもどかしさに潰されそうで苦しい。
「なっ、何で舐めるんだよぉ」
柔らかい感触の残る左耳を押さえながら、ヘロヘロな状態で叫んでいた。
塚本は塚本で、悪びれた様子もなく、堂々とした態度で正論みたいに言い放つ。
「感じるかな、と思って」
この野郎……っ!
そんなの当たり前だろ。
つーか、信じられねぇ。
だからって、普通、ここで舐めるか!?
どんな流れだよっ。
「かっ、感じるに決まってんだろっ!!」
思わず叫んでしまった。
首と同じくらい、耳も弱いんだって。
その上、塚本なんだぞ。
耳が弱くなくても、ふにゃってなるに決まってるだろ。
「そうか、分かった」
狼狽するオレを見て、塚本は満足そうに微笑ってみせた。
何がどう分かったっていうんだよ。
「変なトコで納得すんなっ」
オレは怒ってるのに、塚本は何だか楽しそうで、やっぱすっげぇ悔しい。
仕返しできないのが更に悔しい。
結構慣れてきたとは思ったけど、オレは全然ダメだ。
大丈夫になる日なんて来るんだろうか。
……って不安になるけど、塚本が「気にして無いよ」って風に微笑うから「ま、いっか」って気になってしまう。
これって、甘やかされてんのかな。
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