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第89話 宴の始まり -1

 何度も来た事のある塚本の部屋なのに、まるで別の部屋みたいだった。  理由は分かっている。  塚本がいないから……と言うより、人がいすぎるから。  ざっと5人ばかり。  手前から、黒見、仲井、吉岡さん(?)、瞳子さん(!)、安達だ。  オレと西原さんを入れて7人になる。  この後更に塚本もやってくるから、最終的には8人か。  狭いし、空気悪そー。  と言うか、瞳子さんは、まぁ……ある程度予想してはいたけど、何で吉岡さん?  この間仲井と話した時は、こんな所には絶対に呼ばない感じだったのにな。 「あれ? 塚本は?」  部屋に入ってきたのがオレと西原先さんだけだった事に逸早く気づいた黒見が、玄関の方を見やりながら訊いた。  オレもつられて後ろを振り返ってしまったけど、塚本がいる筈ない。  そんなオレの行動を見た西原さんが、笑いを堪えながら黒見へ答える。 「母屋に寄ってから来る」 「それで佑斗となっちゃんか」  西原さんがそう言うと、黒見の横に座っていた仲井が納得したように呟いた。 「なんか珍しい組み合わせだから、びっくりしちゃった」 「『なっちゃんの浮気発覚!?』みたいな?」 「大変! 誠人に知らせなきゃ」  仲井に加えて、安達と瞳子さんが楽しそうに茶化す。  つーか、例え万が一にそうだとしても、大きなお世話だっ!  ぐい、と仲井に腕を引かれて、強引に黒見と仲井の間に座らされる。  嫌だなぁ、この席。  どこがいいかって選ばされても困るんだけど、この2人の間は嫌だな。 「よーこそいらっしゃいましたー」  陽気な仲井に抱きつかれそうになったから体を引いたら、背中に黒見が当たってそれ以上逃げられない。  前にも後ろにも敵がいる。  やっぱこんな所に座るんじゃなかった。  早くも後悔いっぱいなオレを、意外な人が助けてくれようとした。 「瀬口くん、嫌がってるよ」  そう言ってくれるのは、仲井の向こう隣に座っていた吉岡さんだ。  何でこんな所に連れて来られてしまっているのか知らないけど、もっと言ってやってください吉岡さん。 「そうか? 別に嫌がってないよな?」  せっかく吉岡さんが言ってくれても、仲井は全く聞く耳持たずな感じ。  思いっきり嫌がってるっつーの。  あーもう、こっちに手を伸ばしてくるなっ。 「でも……」  吉岡さんの小さな声は、辛うじてオレの耳に届いた。  座っている位置から考えて、俺に聞こえて仲井に聞こえてないって事はない。 「分かったよ」  仲井が渋々と言うように手を引っ込めた。  意外なほど素直に。  仲井はちらりと吉岡さんの方を見たけど、すぐに視線を下へ向けて呟いた。 「ごめんな」  それは、オレへ向けられた言葉じゃなかったと思う。  こっちにも謝れよ、って感じだけど、それはこの際どうでもいい。 「吉岡さんと、仲直りしたの?」  くいっと仲井の服を引っ張って、周りには聞こえないような小声で訊いた。  前に見たり聞いたりした時と、2人の雰囲気が違っているように思えたから。 「仲直り……ってなんかしっくりこない言い方だな」 「違うの?」  訊くと、仲井は少し困ったように頭を掻いた。 「なんかさぁ、俺が辛いと、那弦も辛いんだって」 「は?」 「そんなのバカバカしいじゃん? だから、俺のやりたいようにする事にした」  ちょっと満足そうに、こっちが引くくらい幸せっぽいオーラを放出した仲井は、そう言って勝手に完結させてしまった。  オレの質問に答えてないだろ、そのセリフじゃ。 「……ふーん」  よく分からないけど、悪い事じゃないみたいだし。別にいっか。  ムキになって訊くような事でもないし。  オレに関係無いって言うなら、それはそれで全く構わない。  吉岡さんの気持ちは分からないけど、無理やり連れて来られたようでもないし。 「なっちゃん、分かってないでしょ」  テキトーに相槌した事を見破った仲井が、苦笑しながら言ってくる。 「うん」 「まぁ、いいけど、別に」  オレがあっさり頷くと、仲井もその話題をきっぱりと切り捨てた。  その代わり、と言うのだろうか、今度は仲井が顔を寄せて潜めた声で言った。 「俺の事より、なっちゃんはどうなの?」 「オレ?」  言われた意味が分からない。  もしかして、オレが吉岡さんに嫌われてるって事か?  でもその事を仲井に言ったっけ?  それに、その話だったら、理由が分かったらもう別に大して気にしてないんだけどな。  仲井が吉岡さんを大事にすればいいだけの事だし。  そう言えば、こいつの所為だった。  オレが吉岡さんに嫌われたのは。  オレが送ったじとっとした視線を無視して仲井が、こっちを見てニヤリと不気味に笑った。 「あんまり焦らしてると、さすがの誠人も限界超えちゃうんじゃない?」 「え……」  まさに不意打ち。  ここでいきなり塚本が出てくるとは思っていなかったから、顔が引き攣ってしまった。  仲井の言いたい事は分かる。  だけど、お前に心配してもらわなくても結構だっ!  と、いつものように弾き飛ばしてやろうとしたら、いつもとは全然違う真面目顔の仲井がいて、思わず言いとどまってしまった。 「他人の事気にしてる暇があるなら、誠人の事を気にしてやれよ」  つまり、オレがいつも仲井たちに対して思っている「大きなお世話」だと言いたいらしい。  それと、塚本の友人としての意見も少しあるのかも。  やっぱりそうなんだろうか。  もし、オレが塚本の立場だったら……やっぱ不審かもしれない。  でもでも、塚本はそれでいいって言っていたし、待ってくれるって言うから。  だけどなぁ。  ここまでくるとタイミングが……。  「もういいよ」なんて、かくれんぼじゃあるまいし。  それに、次にそういう雰囲気になっても、多分また拒んでしまいそう。  塚本は塚本で、オレが嫌がるとすぐに止めちゃうんだよな。  そこでオレも「止めるな」って言えないから、塚本の所為にはできない。  すっげぇ悪循環。  何か、ずっとこのままな気がしてきた。  それでもいいかもって思う反面、今仲井に言われたよう事も気になって仕方ない。  もしかしたらオレは、至上初・塚本に振られた奴になってしまうかもしれない。  うわぁぁぁ。  考えただけで泣きそうだ。 「はい」  最悪な考えに行き着いてしまったオレの目の前に差し出されたのは、グラスに入った黄色い液体。  黄色というにはちょっと怪しい色だ。 「何、これ」 「オレンジジュースだよ」  警戒しつつ、グラスを持つ黒見に訊くと満面の笑みで答えられた。  オレンジジュースには見えない濁り方してるぞ。 「色、濃くない?」 「果汁100%だから」 「そういう濃さじゃなくて……」  むしろ、果汁が入ってない方向の濃さなんだけど。  訝りつつも渋々グラスを手に取った。 「でも、何か、誠人の家に来るのってすごく久しぶり」  飲もうかどうしようか考えていると、ほぼ向かい側に座っていた瞳子さんが部屋を見回しながら言った。  聞かない振りもできないくらい室内に響き渡る呟きだ。 「全然変わってなくて懐かしい」  もしかしなくても、オレへの挑戦ですか?  考えすぎだと思いたいけど、そうじゃない可能性のが高い気がする。 「コマメに模様替えするような奴じゃないからな」  瞳子さんに便乗した安達の何気ないセリフも、オレへ向けられた挑発なんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。  「懐かしい」なんて感想を抱くほど、オレはこの部屋を知らない。 「なっちゃんは?」 「へ?」  突然話を振られて、なんとも間抜けな声が出てしまった。  オレは別に、この部屋が懐かしくはないですよ。 「もう、結構ここに来てんの?」  一瞬呆けたオレを見た瞳子さんが、少し笑いながらそう言った。  なんだ、そういう質問か。 「それなりには」 「そうなんだぁ」  ちょっと楽しそうに弾んだ瞳子さんの声が、余裕有りまくりな感じに見えて、オレは少しも楽しくない。  どーせ、オレはこの中で一番塚本の事を知らないよ。  ガキだし、ワガママだし、塚本に迷惑ばっかりかけていますよ。  だけどなぁ、この中で塚本を一番好きなのはオレで、今はオレが塚本に一番近いんだっ!  そこだけは譲れない。  それなのに、誠人、誠人、誠人……って。  オレだけ蚊帳の外みたいな空気で。  グラスを持つ手に力が入り、勢い余って中のジュース(だと言うもの)を一気に飲み干していた。

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