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第90話 宴の始まり -2【塚本】
私室にしている離れの扉を開けた途端、「出来上がってるなぁ」という空気が雪崩れ込んできて、どうしてか気分が滅入った。
「あ~、誠人らぁ~」
しかも、一番出来上がっているのが他でも無い瀬口だった。
塚本の姿を認めるやいなや、酔っ払い丸出しの上機嫌さで手を振ってくる。
振り返してやる気力も得られないまま、塚本は手近な所にいた黒見を捕まえた。
「オイ、何だあれは」
ヘラヘラと笑う瀬口を指して、さきいかを手に取る黒見に非難を浴びせた。
と言っても、黒見もこの「出来上がってる」空気の一員。
いつも以上に軽い答えしか返って来るはずもない。
「まさか、今時こんな手に引っかかるとは思わなくて」
笑いを必死に堪えながら黒見が言った。
普段から酔っているような言動をしばしばするような奴だが、この黒見は確実にアルコールが入っている。
そのセリフはいつも以上に酔っていた。
「何を飲ませた」
「さすがにビール・日本酒系は警戒されると思ったから、チューハイ・カクテル系」
警戒されるのを恐れるくらいなら止めとけよ、という言葉を飲み込み息を吐く。
「ジュースだって言ったらあっさり信じるんだもん。こっちがびっくりだって」
「……お前ら」
「だぁって、ここまで見事に引っ掛かるコを前にして、嵌めない訳にはいかんだろ」
「どんな理屈だ」
やはりこの面子の中に瀬口を放り込むのではなかった、と後悔せずにはいられなかった。
「誠人~」
塚本が近寄ると、待ってましたとばかりに瀬口が腕をいっぱいに伸ばしてくる。
その腕を掴んで、フニャフニャになっている瀬口を立たせようとした。
「どうすんの?」
塚本の気も知らないで、瀬口で遊んでいた安達が訊いてきた。
「奥に連れてく。これ以上ここに置いておけない」
「ふぇ?」
腕を掴んで立たせようとすると、瀬口が不思議そうな表情で塚本を見上げた。
「瀬口、行くぞ」
「えー」
そう言って腕を肩に掛けて運ぼうとしたが、瀬口はまだここにいたいらしく、素直に言う事を聞いてくれない。
仕方が無いので、背中と足に腕を回して抱きかかえて運ぶことにした。
「うわぁ」
抱き上げると、瀬口は何がそんなに楽しいのか、自分から塚本にしがみ付いてケラケラと笑い出した。
「塚本ぉー、俺らそろそろ帰るから、頑張れよ」
言葉通り、テーブルの上を手早く片付けながら安達が言った。
「そうなのか?」
てっきり朝までこの状態なのかと思っていたので、安達の申し出は意外だった。
それに、打ち上げと言うには時間的に短すぎる。
こんなに早く撤収するとは、一体何をしに来たのだろうか。
「俺たちがいたら色々と不便だろ?」
ゴミを纏めた袋を縛りながら西原が言う。
それなりに長い付き合いになるが、この男だけは酔った所を見たことがなかった。
この雰囲気の中で一人だけ飲んでいないとは考えられないが、西原のテンションは普段と比べて1ミリの変化も見受けられない。
「不便?」
安達の「頑張れ」の意味も含めて問う。
「だってほら、お邪魔しちゃ悪いし」
「友達の情事が酒の肴ってのも悪趣味だし」
「俺らも男だしぃ」
その場にいた奴らが口々に言う。
それにしても、気になるのは。
「お前ら、何を企んでいる」
「楽しい事」
企んでいる事を全く否定しない瞳子が、塚本の問いに「フフフ」と笑う。
他の連中も含めて、誰も答える気はないようだ。
抱きかかえた瀬口を見れば大体の予想はついてしまうのだが、だからと言って、期待通りの結果を提供してやれそうもないのが現状なのだ。
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