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第92話 その先は -1

 目が覚めたら、塚本の顔がすぐそこにあって驚いた。  少し寒いと思ったら、掛けられた布団の下、オレは服を着ていなかった。  そりゃ寒いはずだ、という笑いは一瞬で吹き飛び、頭を鈍器で殴られたような人生最大級の衝撃が走った。 「な、なっ……!」  慌ててガバッと起き上がったはいいけど、驚きすぎて声が出ない。  横には塚本、俺の着ていた服は更にその横。  これは一体どんな状況だっ!  あれ?  でも、オレって服を着てないのは上だけだ。  どうしたことかやけに中途半端だけど、下はちゃんと穿いている。  塚本も、すぐそこにいるけどオレの寝ている布団の外側で、いつも通りに制服を着ている。  と、いう事は……。 「別にヤっちゃった訳じゃないんだな」  呟いてから、とんでもないことを口走ったな、と恥かしくなる。  しかも、オレの手、塚本の服をちゃっかり掴んでいるし。  何、子どもみたいな事してんだろ、オレ。  服を掴んでいた手を離して、眠る塚本をじっと見る。  「ここ」って塚本の部屋だよな。  雨戸が閉まっているから薄暗いけど、隙間から差し込む日差しで物の色形は充分に分る。  どうしてオレはここに寝ているのだろう。  昨日は文化祭で、その後に塚本の家で打ち上げしようって話になって…。  ……。  それから……。  えっと、確か…ジュース貰って飲んでるうちにやたらと気持ちよくなって、「これって実は酒じゃねぇの?」と疑った所までは憶えている。  疑ったけど、美味かったからそのまま飲み続けて。  それで?  もしかして酔いつぶれた、とか?  カッコ悪っ。  慣れない事はするもんじゃないな。  なんとなく思い出しかけてきた時、塚本がピクリと動いた。  どうやら起きたらしい。 「……おはよう」  顔を上げた塚本がぼんやりと言った。  何度も聞いた事のあるセリフだけど、本当に「おはよう」の時間に聞いたのは初めてだ。  でも、オレにはあいさつよりも訊かなきゃいけないことがある。 「なぁ、オレどうしたんだっけ?」 「憶えてないのか」  むくりと起き上がりながら眠そうに目をシパシパさせて、塚本が抑揚のない声で言った。  ビックリして飛び起きたオレとは違って、まだ寝惚けているみたいだ。 「ほとんど」  オレが素直に言うと、溜め息と共に「やっぱり」という呟きが聞こえた。  何が「やっぱり」? 「言っておくけど、脱がしたのは俺じゃないからな」  オレの疑いの視線を感じたのか、訊いてもいないのに塚本が教えてくれた。 「えっ、じゃあ誰、が……?」  予想外、なんて言ったら塚本に失礼かもしれないけど、その可能性以外は考えてなかったからあからさまに動揺してしまった。  塚本じゃないとすると、一体誰がオレにこんな事をするんだ? 「瀬口」  疑っていた事丸出しのオレの態度に、塚本は少しムッとしたようにオレの名を言う。 「嘘だぁ。何でオレが」  冗談にしても有りえなさすぎだって。  まるっきり信じてないオレを、嘘を言っているとは思えないような表情の塚本がジッと見ている。  何か言いたそうな顔をしているから、オレも塚本をジッと見つめた。  塚本は、次の言葉を待つオレの期待の眼差しに負けたように息を吐いて、ゆっくりと手を伸ばしてオレの頬に触れた。  くすぐったいくらいに優しいけど、そこから先、何かをされそうでドキドキが止まらない。 「今すぐするんだって言って」 「……なっ!」  「何を?」と訊く前に絶句してしまった。  指先がそういう雰囲気を醸し出していたから聞くまでも無い。  だけど、だからって、そんなバカな。 「どうせこうなるだろうと思ったから、強引に寝かしつけようと努力はした。最初が酔った勢いなんて嫌だろ?」  淡々と言われると余計に恥かしい。 「……そーだけど……そーじゃなくて……オレ、本当にそんな事言ったのか?」 「ああ」  文字通り、頭を抱えるオレに塚本はあっさりと頷く。 「……信じらんない」  と呟きながらも、段々とそんな記憶が甦ってきて気まずい。  やるやらないは別にして、服は確かに自分で脱いでいた。  「ボタンが外れねぇ」とか思った気がする。  嫌だなぁ。  オレってもしかして脱ぎ上戸? 「脱いだ服を着せようかとも思ったけど、こちらの事情で布団をかけるしかできなかった」  と、オレが昨夜から服を着てなかった理由を教えてくれた。 「……それは、どーも」  どんな顔をしたら良いのか分らない。  一度俯いてしまったら、塚本の顔が見られなくなってしまった。 「瀬口は、酒弱いのか」 「えっと、どうだろ……。飲んだ事ないからよく分らないけど、強くはないんだと思う」  何しろ、記憶をなくしているくらいだからな。  顔が見られないから、塚本が今どんな表情をしているのか分らない。  塚本が無言になってしまったからチラリと盗み見ると、何やら感慨深か気に息を吐いていた。 「なっ、なんだよ。オレ、そんなに迷惑かけた!?」  曖昧な記憶をいくら辿ってみても、かかった靄はなかなか晴れない。  昨日のオレを知る手がかりの塚本にそんな態度されると、たまらなく不安になるじゃないか。 「と言うか、忍耐力を試された」  意味の分からないことを言われて「?」となったオレの髪に、塚本の手が伸びる。  髪を弄ぶように指に絡められて、何の話をしていたのか忘れてしまう程ドキドキした。 「『ちょっとイヤって言ったらすぐに止めやがって。男だったらそこを強引になんとかしろよ』って本心?」 「へ?」  更に混乱。  ジッとこっちを見る塚本が言ったセリフは、そのニュアンスからいって前に誰かが言った言葉 をそのまま言った感じだった。  問題はそれが「誰か」ってことで……。

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