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第93話 その先は -2
ダラダラと嫌な汗が滲む。
この状況から、その「誰か」が誰であるかなんて考える余地もない。
九割八分、オレだ。
「昨日、そう言ってた」
「いっ……」
言ってた、かもしんないけど、それをわざわざ訊くか?
それも今! 至近距離で!
自分から脱いだっていうんだから文句も言えないけど、服を半分以上着てない今の状態で頷くなんできるかっ。
「だから、なんとかしてもいいよな」
疑問符なんて付いてない。
有無を言わさぬ迫力があった。
オレは何も言えずに、ただその言葉の意味を理解しようとしていただけ。
本当はもう解かっているのに、解からない振りをして逃げようとしている。
そんなオレを、塚本が捕まえる。
もうずっと前からオレは捕えられたままで、逃げることなんてできないのに。
これ以上、オレの何を奪おうっていうんだよ。
「ちょっ……と、待っ……」
「あと、どれくらい?」
相当長い事待たせていてかなり後ろめたかったから、そんな事言われると抵抗の手が止まってしまいそうになる。
「分ってるから。塚本がギリギリなの、ちゃんと分ってるけど、今は頼むからちょっと時間をくれ」
情けなさすぎだ、オレ。
「分ってる」なんて言いながら、必死で逃げ場を探している。
いつも「次こそは」って思っているのに。
今がその時なのに。
やっぱりオレは竦んでしまう。
頭では分っていても、身体がそれについていかない。
しかも、時間を貰っても何も解決できなさそう。
同じ所をクルクル回って、結局一歩も進めずに終るのかもしれない。
塚本は好きだ。
好きにしてくれていい、と思ってる。
それは嘘じゃない。
嘘じゃない、けど……。
そこから先が考えられないんだ。
先に進んだら、そこが未知の領域なのは確実。
今でもこんなに混乱しているのに、これ以上だなんてオレはどうなっちゃうんだろう。
予測がつかない。
自分でも予測不可能なオレは、塚本の目にどう映るんだろう。
「『誠人』」
突然塚本が自分の名前を言うから、ビックリして動きが止まる。
「え? 何?」
「昨日は、そう呼んでた」
何とか距離を保とうとするオレの手を取って言った。
その動きに強引さは無くて、少し油断した。
「えっ……あー、かも……」
文化祭の騒ぎの中で、塚本を名前で呼ぶ人と会った所為だ。
呼び方なんてどうでもいいと思う。
けど、瞳子さんとかが親しげにしているのを見ると、「今はオレなのに」って対抗してみたくなっちゃうんだよな。
ガキくさいよな、そういうの。
「そっちのがいい?」
軽い気持ちで訊いてみた。
塚本はそういう事には拘らなそうだから、「とっちでもいい」って言うと思ったのに、オレの予想は見事に外れた。
「『塚本』よりは」
「……っ!」
指にキスされて息を呑む。
たかが指なのに頭がクラクラする。
「……うん。分っ、た」
軽い貧血みたいな感じで頭の回転が鈍くなっているから、頷くのが精一杯だ。
振り払えばいいだけのことなのに、それだけはできない。
「呼んで」
瞳を伏せて、オレの指に唇が触れたまま甘い声でそんな事を言ってくる。
ホントにもう。
こいつは男のくせに、なんでこんなに艶っぽいんだよ。
これ、反則だ。
「……まさ、と」
消え入りそうな声を必死に絞り出して呼んだ。
名前を呼ぶのはそれほど大した問題じゃない。
今のこの状況が大問題なんだ。
「もう一回」
「誠人……っ」
声が震えたのは、指先を舌が這ったから。
濡れた生暖かい感触に震えたのは声だけじゃなかった。
ヤバイ。
止まらないのはオレの方かもしれない。
「あ、あのさ」
覚悟を決めて口を開く。
今じゃなきゃもうダメな気がして心が焦る。
オレの焦りを助長するように、塚本改め誠人がペロリとオレの指先を舐めた。
せっかくの覚悟が揺らぎそうだ。
「い、言っとくけど、オレ完全に男だからな」
「知ってる」
オレの前髪を優しく上げて額にキスをする。
「こんなんしたことないから、どうしていいか全然分らないぞ」
「申し分無い」
次は瞼。
思わず瞑った目をゆっくり開けた。
自分でも何が言いたいのか分らなくなってきた。
目の前の大好きな人に嫌われたくなくて。
少しでもオレのこと好きになってもらいたくて。
だけど、口をついて出てくるのはマイナスな主張ばかりで泣きたくなる。
「全然柔らかくないし、幻滅させるかもしれな……っん」
その次は唇。
「もういいよ」と言うように言葉を遮って、奥の方まで奪われた。
口腔を動き回る舌があまりにも熱いから、浮かされたオレは何も考えられなくて、不覚にもただされるがままの状態になっていた。
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