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《番外》「と、いう夢を見た」【塚本】
○ 80話くらいの番外です。
塚本視点、と言うより、割と西原視点。
軽い感じで読んでいただければ。
「嫌だ!」
怯えた表情と、信じられないものを見るような目を向けられて心が騒めいた。
暴れる脚を片方掴み上げて、膝裏を肩に置いた。
「嫌だって言ってんだろっ、離せぇ!」
本人は威勢良く怒鳴っているつもりなのだろうが、あまり脅威ではない。
反対側の足を膝で割って股を開かせ、無防備になったそこへ自らの欲望を押し当てる。
「やっ……!」
反射的に悲鳴のような声が上がる。
首を横に振って止めてくれと訴えている姿に、どうしようもなく欲情してしまう。
抵抗しようとする両手首を纏めて掴んで、畳に押し付けて自由を奪った。
「痛っ……いぁっ!」
無理に押し込まれていく動きに耐えながら、悲痛な声が漏れる。
「も、やめ……」
泣きながら、自分を押さえ付ける男を見上げる。
ぐちゃぐちゃになった表情も、身体も、扇情的で「やめろ」と言われても逆効果でしかない。
なので、制止する言葉は聞こえない。
「ん……っ」
唇を奪って口腔をも犯す。
唾液が混ざり合う中で、舌に唐突に激痛が走った。
「っ!?」
咄嗟に口を離すと、肩で息をしながらこちらを睨む目と目が合った。
行動の自由を奪われている身にとっては、せめてもの抵抗なのだろう。
噛まれた痛みは、もうどうでも良くなっていた。
それよりも、痛む部分が他にある。
「お前、なんか……嫌いだっ」
涙の溢れる瞳は、はっきりと憎しみの色で染まっていた。
自分を凌辱する男に向ける怒りの表情。
無邪気に笑ってくれていた頃には、もう戻れない。
ついに壊してしまったのだ、と絶望する。
大切に積み上げてきたものが、音を立てて崩壊する瞬間だった。
これほど愛しいと思っているのに、自分の手で壊してしまった。
耳鳴りのような崩壊の音を聞きながら、抵抗する気力もなくなる程、貪るように抱き続けた。
* * *
「と、いう夢を見てしまった」
二度目の高校一年生の文化祭二日目の朝、塚本は友人の西原を捕まえて学食横の自動販売機の前で打ちひしがれていた。
「へー」
全く興味の無い西原は、自動販売機を前にして何を買おうかと悩みながら上の空で相槌を打った。
「瀬口の顔が、まともに見られない」
「お前でもそんな事を思うんだな」
友人の意外な一面を目にして、若干の興味が沸いたようだ。
西原の知っている塚本は、どんな夢を見ようと気にするような奴ではなかった筈だ。
随分と繊細な人間になったものだ、と感心する一方で、ふと気になる事があった。
「と言うか、今までそういう事が無かった方が驚きだ」
西原が言うと、塚本は大きくため息を吐いた。
その反応を見て、「あったんだな」と察した。
健全な男子高校生なら、そんな夢の一つや二つ見てもおかしくはないだろう。
これが、今回だけは様子が違うということは……。
「夢の中でも、瀬口に 『嫌い』と言われて落ち込んでいるのか」
簡単に思いつく、塚本の落ち込む理由を述べたところ、分かりやすく塚本の肩が落ちた。
どうやら正解のようだ。
「現実に言われた訳じゃないんだろ」
「言われる可能性は、ある」
「お前、何する気だよ」
瀬口が、塚本に「嫌い」と言う状況などあまり想像できない。
あるとしたら、塚本が何かとんでもない事をしてしまった場合だろう。
「だから、襲ってしまう可能性」
塚本は至って真剣だった。
なので、西原も真剣に訊き返す。
「お前ら、付き合っているんじゃないのか?」
「そう、だけど」
「だったら、何故『襲う』という表現になるんだよ」
付き合っているのなら「襲う」というのは少し違うのではないかと、西原は首を傾げた。
「何故だろう」
返ってきたのは、塚本のとぼけたような一言だった。
「こういうのは、俺じゃなくて瀬口に言った方がいいと思うぞ」
西原は、購入したばかりの缶コーヒーの蓋を開けながら言った。
塚本の悶々とした気持ちを何とかできるのは、瀬口だけなのだから。
「瀬口に言ったら、怯えさせてしまいそうで」
「付き合ってるんだろ、お前ら」
念を押すように、もう一度確かめる。
塚本は、真っすぐに西原を見て小さく頷いた。
文化祭当日に文化祭実行委員を捕まえて、馬鹿馬鹿しい相談にも程がある。
結局は惚気ではないか。
「だから、怯えるんだと思う」
塚本の理屈は、西原には理解しがたいものだった。
怯える相手と付き合うなんて、瀬口は塚本に何か弱みでも握られているのだろうか。
悩む塚本というのも珍しくてなかなか面白いが、そろそろ西原の時間が迫っていた。
こんな所で、友人の惚気話に付き合っている場合ではない。
腕時計で時間を確認して、本日のスケジュールを頭の中に流す。
「だったら、理性に頑張ってもらうしかないな」
西原に言える事などその程度の事だけだ。
きっと、何の解決にもならない。
塚本も承知しているだろう。
相談というよりは懺悔を聞いた気分で、残りの缶コーヒーを呷って空をゴミ箱に捨てた。
その場を去る前に、未だ自動販売機の前が項垂れている友人に目を向ける。
「重症だな、お前」
憐れむような西原の言葉に、塚本の反応は無い。
その様子に、塚本の理性はそれほど頑張れそうにないな、と確信した。
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