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第98話 12月には厄介な話が舞い降りる -1
しばらく連絡の無かった友人の篤士が久しぶりに会いたいと言ってきたのは、12月に入り世間がクリスマスに向けて活気づいてきた頃だった。
篤士とは文化祭で会って以来だ。
「久しぶりだよなぁ。元気だったか?」
再会するなり頭に手を置こうとしてきやがったので、遠慮なく叩き落としてやった。
「元気だよ。つーか、お前また背伸びたか?」
「そりゃ、伸びるだろ。成長期だし」
自分から聞いておいてなんだけど、なんて屈辱的な質問と返答だろうか。
お前が成長期なら、オレだって容赦なく成長期だ。
「呼び出して悪かったな。ちょっと相談に乗って欲しいことがあってさ」
篤士は落ち込むオレなんて全くお構いなしだ。
察するに、真剣な話をする気のようだ。
学校帰りで小腹も空いていたので、駅の近くのファミレスに入った。
「相談したいことってのは、瞳子のことなんだよ」
まさかこんな所でその名前を聞くとは思ってもみなかったから、言葉を飲み込むのに時間がかかってしまった。
それってもしかして、あの瞳子さんの事か?
他に思い付かないしな。
だけど、どうしてこいつは「瞳子」って呼ぶんだ?
なんだか親しい間柄みたいな言い方なのが気になった。
「瞳子さん?」
「知り合いだろ? 文化祭の時に一緒にいた」
「……ああ」
言われて思い出した。
文化祭で篤士がオレの所に来た時、誠人たちと鉢合わせしたんだっけ。
瞳子さんもその中にいたよな。
言われてみたら、篤士と何だか妙な事で盛り上がっていたような。
ん……?
「そう言えば、篤士と瞳子さんって同じ高校じゃないか」
2人を一緒に考えた事がなかったから気が付かなかったけど。
ふと気づいた接点に声を上げたら、篤士は呆れたような表情で力が抜けたように椅子の背凭れに体重を預けた。
「今頃気づいたのかよ」
悪かったな、今頃で。
少しやる気を無くしたような篤士が、明後日の方向を見ながら口を開く。
「んで、付き合ってたんだけど振られたんだよ」
店内の喧騒に掻き消されてしまいそうな一言だったが、とてもじゃないけど聞き逃す事はできなかった。
「……は?」
「クリスマスどこに行く? って話してたのに、いきなり別れてくれとか言われてさ」
「ちょっと待て、待て!」
呆然とするオレを放ってどんどん先に進めようとするので、思わずテーブルを叩いて話を止めた。
「何だよ」
「お前、瞳子さんと付き合ってんの!?」
考えもしなかったし、想像も付かない展開だ。
「付き合ってたけど振られたの! 嫌な事を何度も言わせんなよ」
聞き直したのがよっぽどムカついたのか、途端に不機嫌になってしまった。
だけど、そんなの気にしてやる場合じゃない。
こっちの驚きはそれ以上なんだ。
「え? え? だって、文化祭の時はそんなの全然……」
「会ったのはあの時が初めてだよ。あの後学校でもう一回会って、同じ高校だったんだねー、なんて話で盛り上がってさ」
「それじゃ、あの時会ったのがきっかけで!?」
「まあ、結果的にはそうなるかな」
「……へぇー」
世の中、どこでどう繋がるのか分からないよな。
でも、篤士と瞳子さんかぁ。
やっぱり想像付かないな。
「あのな、今問題なのは俺たちの馴れ初めじゃなくて、どうしていきなり瞳子がそんな事を言い出したかって事なんだよ」
オレの反応が不満だったらしく、篤士は話を進めようとしている。
オレとしては、馴れ初めの方が興味があるんだけどな。
「そんなの本人に聞いたって教えてくれないだろーし。瞳子の友達に聞こうにもみんな年上で、俺あんまり接点なかったしさ」
と言いながら、何やら期待に満ちた視線を送られる。
とんでもなくイヤーな予感がして、身体が引けた。
「まさか、オレに聞けって言うんじゃないだろーな」
「さすがだな、奈津は! やっぱり俺たちって以心伝心してるよな」
がばっと身を乗り出した篤士が目を輝かせて手を握ってこようとするので、反射的にサッと避けた。
「冗談じゃねぇ」
本当に本気で心の底から全力で断る!
「何でだよ。俺たち友達だろ? 親友が困ってたら助けるって幼稚園の先生に習わなかったのか?」
「生憎、オレは保育園だった」
「どっちでも一緒だよ」
全くもってその通りだけど、そのくらい言わせてくれ。
「つーか、オレだって瞳子さんとそんなに接点ないんだぞ。現われるのなんて気まぐれで、次にいつ会うかなんて分からないのにそんな話できる訳ないだろ」
いつも神出鬼没で、あの人の現われ方に法則なんてないのだ。
ただの会話をするのだって変な緊張をしてしまうのに、どうして篤士と別れたのか、なんて話できる訳がない。
大体、そういう話は絶対にしてはいけないのだ。
何しろ、瞳子さんとオレの間には、不本意ながら誠人が居座っているから。
過去の事とは言え、瞳子さんは未だにその事を言ってくるからな。
オレが瞳子さんを苦手な理由は、完全にそこにある。
「だったら、別に本人じゃなくてもいいよ。弟とか、その友達とか。瞳子の事を知ってる奴なんて周りにたくさんいるんだろ」
「そーいう間接的な事でいいんだったら、篤士だって同じ条件じゃないのかよ。自分の学校で聞いて回った方が早いって」
少なくとも、こっちよりは知り合いは多い筈だ。
こっちで心当たりのある人間なんて、片手で足りてしまう程しかいない。
「それは勿論。それプラス、奈津に協力してもらいたいんだって」
「協力って言われても……」
「頼む! ここ奢るから」
パシッと顔の前で両手を合わせて拝まれてしまった。
オレだって、篤士の頼みならできるだけ協力してやりたい。
だけど、相手が相手だからなぁ。
例え、偶然明日会えたとしても、瞳子さんにそんな事訊けないよなぁ。
「本人に直接訊けば早いのに」
篤士はああ言っていたけど、勝手な印象を言わせて貰えれば、あの人なら訊けば答えてくれるんじゃないかと思うんだよな。
「それができないから、こうして頼んでるんだろ」
「付き合ってたんだろ? そのくらい、聞く権利はあるんじゃないのか」
一方的すぎるって、怒ってもいい所だと思うけどな。
「まぁ……そうかもしれないけど。なんか、未練がましいって言うか」
はいはい。
振られても追い縋るようなカッコ悪い事はできません、って事ね。
「だったら、オレにそんな事頼むなよ」
周囲を巻き込んで真相を確かめようとする方が、本人に直接訊くより未練がましいと思うけどな。
「でも、もうすぐクリスマスだぞ」
「だから?」
「彼女いないなんて寂しいだろ」
あまりにも下らない理由で、ガクッと力が抜けてしまった。
おまけに「でも」って言葉じゃ繋がらない。
「そんな理由かよ」
「瞳子が好きなのは本当なんだからいいだろ」
後から言われても、言い訳にしか聞こえないぞ。
「そーいう不純な気持ちがバレたんじゃねぇの?」
それって、「誰でもいい」って取られて印象悪いよな。
ただでさえ、篤士は言動が軽いからな。
オレは篤士がいい奴だって知っているからそんな事ないけど、出会って日が浅かったら誤解されても無理はない。
「お前……」
静かになった篤士が、人の顔をジッと凝視している。
「何だよ」
「彼女できた?」
「は!?」
隣の席に移動するかと思うくらい体が飛び上がってしまった。
「何か、余裕じゃね?」
「んな事ねぇよ!」
「ムキになってるし。やっぱいるんだろ、彼女」
「いや……」
何と答えるべきだろうか。
ここで「いない」と答えても嘘を吐いたことにはならないよな。
でも、深く追求されると困るしな。
「まさかとは思うけど、彼氏ならいるとか言うんじゃないだろーな」
「はぁ!?」
頭の中が読まれたのかと思った。
今まさに、それを考えていたから。
狼狽っぷりが只事ではなくなってしまう。
お察しの通りでございます、なんて口が裂けてもいえない。
「だって、奈津のトコの学校ってそういう話結構聞くし」
「……マジで?」
それは知らなかった。
「まぁ、大体がやっかみだけどな。その制服着てるだけでモテるって言うから」
オレの制服を指して悔しそうに教えてくれた。
と言われても、今までそんな恩恵に預かったことなんて一度もないぞ。
「そうなのか?」
「奈津には関係ない話かもなぁ」
篤士はそう言って意地悪く笑った。
「どういう意味だよ」
わざわざ聞かなくても分かってるけど、一応突っ込む。
篤士が言っているのは、綾部先輩とか渡部先輩のことなんだろう。
あんな人たちを見てしまったら、今みたいな言い方をされても本気で怒るなんてできない。
しかも、制服は関係ないし。
「とにかく、瞳子のことヨロシク頼むよ」
何が「とにかく」だ。
承知した覚えなんてないぞ。
「だから、嫌だって言ってんだろ」
自分の事だって得意じゃないのに、他人のこういう話に首を突っ込む気になんてなれない。
重ねて言うが、相手が瞳子さんなのも重大な要因だ。
「奈津」
突然真剣な表情になった篤士の変化に、頑なだったこちらの態度も少し緩む。
「何だよ」
「お前、まさか瞳子の事……」
「違う! 全然違う!!」
とんでもない誤解をされそうになって慌てて否定した。
「だったら頼む!」
「何が『だったら』だ」
「それなら、ウチのクラスの女子を紹介しよう」
「はぁ!?」
「彼女がいてもいなくても、女子の知り合いは多いに越した事はないだろ」
まるで正論のような言い切り方だ。
そういう事をファミレスで大声で力説するから、振られるんじゃないのか?
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