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第99話 12月には厄介な話が舞い降りる -2

* * *  結局断りきれなくて、篤士に協力させられることになってしまった。  頑張るにも限度があるから期待はしないでくれと釘は刺しておいたけど、ちゃんと伝わったかは不明だ。  だけど、瞳子さんからの一方的な別れかぁ。  それって、前にも聞いたよな。  わざわざ思い出さなくても、誠人の時の話だ。  誠人があまりにもやる気がなかったから、気持ちを確かめようとしたんだっけ?  ん……?  それだったら、今回もそうなんじゃないのだろうか。  でも、あれは誠人だからだよな。  篤士だったらそんなまどろっこしい真似をしなくても、気持ちなんてすぐに確かめられそうだ。  そうなると、やっぱりまだ誠人を好きだからって理由もありえるよな。  他の奴と付き合ってみたけど、誠人じゃなきゃダメだった、みたいな?  そんな理由、どうしてオレが探らなきゃいけないんだよ。  大体、こんな事をオレに頼むなよな。  オレの周りにいる瞳子さんを知る奴なんて、誠人と安達と仲井と黒見くらいだろ。  西原先輩とか、もしかしたら藤堂も知ってたりすんのかな。  そういえば、篤士が何か言ってたな。  「弟とか、その友達とか」って。  弟?  瞳子さんの弟って……誰だ?  オレも知ってる人なのかな。  そもそも、瞳子さんの苗字って何だ?  放課後になり、誠人を探しながらどうしたものかと考えながら校内をフラフラ歩いていると、 前方に黒見を発見してしまった。  なんてタイミングだ。  瞳子さんと接点のありそうな2年生の誰かに会ったら訊けばいいや、くらいに思っていたら早速か。  気が重いけど、安達や仲井よりは聞きやすいよな。  黒見も一人のようだし、丁度良いと言えば良いんだろうな。 「あの」  前を歩く黒見を追いかけて、控えめな音量で声を掛けた。 「なっちゃん?」  振り返った黒見は、一瞬驚いたような表情を見せたがすぐに笑みを浮かべた。 「どうしたの? 俺に声を掛けるなんて」  その疑問は尤もだと思う。  他の二人ほどじゃないけど、今まで避けまくってたからなぁ。 「ちょっと、訊きたいことがあって」 「俺に?」  黒見は怪訝そうに首を傾げた。 「俺に答えられることだったら何でも聞いて。あ、でも、これから部活だから、歩きながら食いながら って感じで良ければだけど」 「食いながら?」 「部活の前には腹ごしらえっしょ? 今から学食行く所なんだよ」  と、学食の方向を指して笑う。  実を言うと、オレの目的地も同じだった。  誠人を探して屋上に行くのは秋までで、寒くなってきてからは放課後の居場所としては学食の割合が非常に高い。  次いで空き教室とか、どこかの部室。  とは言え、どこへも行かずに教室の自分の机で大人しく寝ている事が一番多い。  個人的には、それが一番ありがたいんだけどな。 「じゃあ、付いて行きます」 「じゃあ、付いてきながらお話しなさい?」  つまり、歩きながら話せと。  態度からはあまり分からないけど、時間を惜しんでいるようだ。  確か、剣道部だったっけ?  安達や仲井と違って、逞しい印象を抱いてしまうのはその所為か。 「もうすぐクリスマスだからなぁ」  なるべく簡潔に、大雑把に話をすると、黒見はヒントのようにそう呟いた。  昨日の篤士の軽い言葉を思い出して力が抜ける。 「それ、関係あるんですか?」 「俺もあんまり詳しくは知らないんだけど、あの人ってイベント前になると絶対にフリーになるんだよね」 「イベント?」 「今だったらクリスマスだろ。後は年末年始、バレンタイン、ゴールデンウィークに誕生日」  指を折りながら数えるように言う。 「付き合ってる奴がいても、そういう行事の前になると別れちゃう傾向にあるらしいな」  普通、逆だと思うけど。  何か理由があるのだろうか。  ただの気まぐれ? 「オレはてっきり、好きな人がいるから、なのかと」 「ああ、それを塚本だと思った訳か」 「なっ!?」  どうして、みんなそんなに心を読むのが上手いんだ?  それとも、そんなにオレは分かりやすく顔に出てしまっているのか!? 「瞳子さんの本命って塚本じゃないから、心配しなくても大丈夫だよ」  オレの心配事を、黒見はあっさりと否定した。  あっさり過ぎて全く信用できない。 「え? でも……初めて会った時、まだ誠人を好きって」  おかげで、今思い出しても胸が締め付けられる程苦しい出来事だった。  思い返せば、あの一言がなければ誠人との進展があったかどうか怪しい。  それを考えると、実は瞳子さんには感謝をしなければならないのか? 「それは単なるイジワルだな」  なんて短絡的な言葉。  そんな一言で済ませて欲しくない。 「あの人って素でそういう事するからね。悪い子じゃないんだけど、幸せ者を見ると引っ掻き回したくなる性格みたいでさ」  なんて厄介な性格なんだよ。  それでよく「悪い子じゃない」なんて言えるよな。  だけど、あの時のオレは引っ掻き回されるほど幸せじゃなかったぞ。  そうこうしているうちに学食に到着していて、黒見はガラス張りの扉を開けながら口を開く。 「話が少し逸れたけど、そのアツシくん? には悪いけど瞳子さんとよりを戻すのは諦めた方がいいな」  そんな簡単に言わないでもらいたい。  と言うか、できれば本人に直接言ってもらいたい。 「先に席座ってて。続きは食いながらな」  食券機に直行した黒見と別れて、オレは昼食時が嘘のようにガランとした学食を見回してテキトーな席を探した。  その瞬間、目が釘付けになった。  窓際の席に座る2人の生徒。  一人は中等部の制服を着ていて、もう一人は間違いなく誠人だ。  相席にしては他の席は空いているし、向かい合わせではなく隣の椅子に座っているのも気になる。  誰だ?  もう12月にもなるのに、この学校にはまだオレの知らない誠人の知り合いがいるのか。  上級生ならまだしも、中等部の生徒だぞ。  ただの知り合いならいいけど、また何人目とかだったらどーする。  固まってしまった足を動かせずに棒立ちになっていると、中等部の生徒の方と目が合ってしまった。  だけどそれも一瞬だった。  中等部の生徒は何か喋りながら席を立ち、オレたちが入ってきたのとは別の出入り口から出て行った。  誰だったのだろう、と首を傾げながら誠人の席へと歩み寄る。 「今の、知り合いか?」  話し掛けると、誠人はゆっくりとオレを見上げた。 「中等部の子がいただろ?」 「ああ」  何て手応えのない返事だ。  こいつの場合、元恋人とただの知り合いの差を見分けるのを難しいから、油断はできない。 「名前、忘れた」 「……知り合いじゃないのかよ」 「思い出したら、教える」 「いいよ、別に」  名前が知りたいんじゃないから。  でも、名前も思い出せないくらいなら、本当にただの知り合いみたいだな。 「おまたせ、なっちゃん。誠人もいたなら丁度良かったな」  そこへ、トレーに良い匂いのするものを乗せた黒見がやって来た。  丼といい、匂いといい、うどんかな。  黒見は躊躇うことなく、誠人の向かいの席に腰を下ろす。 「今そこで会ったんだ。1人で食っても詰まらないから誘っちゃった」  誠人の訝し気な視線を感じてか、黒見はいい加減な説明をした。  サラっと嘘を言えるその口は凄いと思う。  それとも、オレに気を遣ってくれてるのか?  あっ。  誠人がいるんだったら、さっきの話の続きをしたくないよな。  どうやって黒見に伝えたらいいんだ?  アイコンタクトで意思の疎通なんてできる仲じゃないし。  困ったな。 「あ、そうだ。瞳子さんがまた彼氏と別れたって聞いたか?」  どうしようか悩んでいると、黒見がとんでもない話を誠人に切り出した。  まさかの話題に、オレは凍りついたまま動けなくなってしまった。 「いや」 「それで、瞳子さんがお前の所にまた来るんじゃないかって心配してたぞ」 「誰が?」 「勿論、なっちゃんに決まってるだろ」  ビクリと全身が痙攣したようだった。  誠人が、まだ立ったままのオレを不思議そうに見ている。  黒見の奴ーっ!  なんて掻い摘んだ話し方をするんだよ。  確かに心配したけど、今ここで言うなって。 「イヤ、何か……そうだったら困るな、って。あっ、瞳子さんの別れた彼氏ってオレの友達なんだよ。 前に会った事あるだろ、文化祭の時に。世間って狭いよな。それで瞳子さんの事で相談されて、それで、えっと……」  激しく動揺しまくっている。  何でオレがこんなに焦らなきゃいけないのか全然分からない。  ただ、篤士からの頼まれ事は誠人には隠しておこうと思っていたから、無性に後ろめたく感じるんだ。  できることなら、誠人と瞳子さんの話をしたくないんだよな。 「瞳子さん、お前の事まだ好きみたいな事言ってたから……ちょっと、気になって……」  あー。  何もそこまで言わなくてもいいんじゃないのか、オレ。  しかも、篤士に頼まれたのってそこじゃないし。  瞳子さんの行動の理由を調査するのに、どうしてこんなに大穴を掘らなきゃいけないんだ。 「瀬口」  ガタッと椅子から立ち上がった誠人が、その横で突っ立ったままでいたオレの名を呼んだ。  何故か緊張して体に力が入る。 「今日は、最後までな」  ぽん、と頭に手が乗ったのとほぼ同時に、不可解な一言を投げられた。  何の話だ?  「最後」って?  しかも「今日は」?  いつもは最後までではないような、何か……。 「!?」  そこに辿り着くまで、どのくらいの時間が掛かったのか分からない。  だけど、一瞬でないことは確かだ。  長いようで短い空白。  正直なところ、文化祭の翌日に初めてして以来、誠人の言い方で言うなら「最後まで」に至った 回数は片手だけでも余る程度だ。  その手前までなら、まぁ、それなりにあるけど、そこで止めているのは例によってこのオレだったりする。  こればっかりはどうにもならない。  一度抱かれたからと言って、そう簡単に脊髄反射のスイッチは変えられない。 「ごちそーさま」  まだ箸を持ったままの黒見が苦笑混じりにそう言ったのが聞こえて、一気に爆発してしまった。  いくら学食が空いていると言っても、すぐそこに黒見がいるというのに何て事を抜かしやがるんだ! 「そーいう事をここで言うな!!」  ドン、と突き飛ばすように押し返すと、何の抵抗もなく誠人は椅子に逆戻りした。  大体、なんでそういう方向になるんだ。  毎度のことながら、思考回路が複雑すぎて混乱させられる。  誠人や黒見の視線に晒されるのに耐えられなくなって、オレはそのまま2人に背を向けてその場から立ち去っていた。  だけど、後から誠人が追ってきてくれるという確信もあって、ドキドキしまくりの胸を押さえながら、やっぱり今日は最後までかもしれないと思った。

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