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第104話 厄介な話は勝手にどこかに飛んでゆく -1

 数日後の放課後、再び篤士と会う事になった。  その日の昼休みに「大至急会いたい」という連絡がきて、こっちも特に予定は無かったからそのまま帰りに会おうということになった。  用件なんて、わざわざ聞かなくても分かっている。  瞳子さんの事しかないだろ。  篤士に頼まれた事は、まだ報告なんて出来る状態じゃない。  結局、黒見にしか聞いてないしな。  しかも全然役に立ってないし。 「なっちゃん、もう帰るの?」  校門を出てすぐに掛けられた声は、よりにもよって瞳子さんだった。  最近は全然見てなかったのに、今日に限って顔を合わせるなんて。  なんて恐ろしいタイミング。  気まずすぎる。 「そんな露骨にイヤそうな顔しないでよ」  そう言いながら、少し顔を顰めて近寄ってくる。  制服姿なのは学校帰りだから仕方ないとしても、男子校の校門前でセーラー服なんて今更だけど目立ちまくりだ。  けど、本人は周りの生徒達の視線なんて全く気にしていないようだ。  そりゃそうか。  1人でも堂々と校内を歩き回る人だもんな。 「今日は1人なの?」 「そうですけど」 「ふーん」  その後に「誠人は?」と続きそうな余韻を感じてしまった。 「私はちょっと待ち合わせ。校門前で待ってろ、って何か偉そーだよね」  肩に掛けた通学鞄を掛けなおして、不満そうに同意を求めてくる。  この場合「誰と?」と訊いてもいいんだろうか。  新しい彼氏とか言われてしまったら、これから篤士に会うのに凄く嫌だな。 「誠人と上手くやってるんだって?」 「まぁ……それなりに」 「そーなんだ。凄いね、なっちゃんは」  瞳子さんは、前に会った時よりも確実に長くなった髪を指に絡めながら、独り言のように呟く。  一体、何が凄いんだ? 「そー言えばさ、前に私がまだ誠人のこと好きって言ったの気にしてるんだって?」  思い出したように聞かれて、一瞬頭が真っ白になってしまった。  そんな質問は、ついでのように聞かれたくない。 「なっちゃんて、そーいうトコがカワイイよね」 「は?」 「怒った?」  思わず出た自分でも分かるくらい不機嫌な声に、瞳子さんが苦笑した。  こっちにとっては笑い事じゃない。 「ただのイジワルに本気でへこんじゃうトコとか、見てれば誠人が私に興味無いことくらい分かるのに、そんな風に心配しちゃうトコとか」  そんな事言われても、誠人が知り合いの女の子と喋っている所なんて、瞳子さん以外で見たことがないんだから比べようがない。  それに、誠人と瞳子さんが同じ場所にいるだで余計な事を考えてしまって、2人を観察する余裕なんてこれっぽっちも無くなってしまうんだから。 「ただのイジワルって、瞳子さんは誠人の事はもう好きじゃないって事ですか?」 「ヤだなぁ。好きに決まってるじゃない」  朗らかに笑いながらの即答。  聞かなきゃよかった。 「でも、なっちゃんには負けるから安心して」  よほどあからさまに落ち込んでいたらしく、フォローされてしまった。 「なっちゃんて、結構後ろ向きだよね。そういうカンジってちょっとイライラするから、もしかしたらまたイジワルしちゃうかもよ」  瞳子さんは相変らず笑っていたけど、そのセリフは多分本気だ。  そんな事言われなくても分かっている。  一番イライラしてるのはオレなんだから。 「それから、篤士のことなんだけど」  まさかここで篤士の話題になるとは思ってなかったから、完全にうろたえてしまった。  この後会うって事、知っているって訳じゃなさそうだけど。 「何か言われてたならごめんね。テキトーにあしらっといて」  あしらうって言われても……。  そんな言い方されて、ここは友人として怒るべき所か? 「私の事、軽い女だと思ってるでしょ」  不満気な態度が出てしまっていたらしく、瞳子さんは見透かすようにこっちを見て言う。 「実際そうなんだけど、でも、それはお互い様だから」  可愛く笑ってそう言うけど、かなり謎の言葉だった。  お互い様って、誰と誰が?  瞳子さんとオレ?  それってオレが軽いって思われてるって事か?  そんな評価、初めてされたぞ。  それとも……篤士? 「あっ、なっちゃんが捕まってるー」  驚いたような、だけど楽しそうな声がしたからその方向を見ると、安達が校門から出てきた所だった。 「遅い! そして失礼でしょ」  安達を見るなり、瞳子さんは大きな声でそう言った。  これは絶対確実に安達が加わってくるパターンだ。  むしろ、瞳子さんが待っていたのが安達なんだろう。 「なっちゃん大丈夫? また虐められてなかった?」  駆け寄ってきた安達が、言葉だけは心配そうにそう聞いてくる。  そんな事を言われて、瞳子さんは当然不満顔だ。 「何よ、それ。まるで私がイジメっ子みたいな言い方」 「実際そうだろ」 「違うわよ。楽しくお話してただけ。ねっ、なっちゃん?」  笑顔で同意を求められて首を横に振れる訳がない。  少なくとも楽しくはなかったけど、お話してただけってのは本当だし。 「瞳子さんが待ち合わせしてたのって……」  間違い無いだろうと思いつつも、一応訊いておく。  知った所で、だからなんだって事だけど。 「そ。この私に校門で待て、って犬みたいな扱いじゃない?」 「犬はもっと従順です」 「怒るわよ。キー!って」 「あー、迷惑。かなり迷惑」  2人の会話は2人だけで成立していて、オレはただの傍観者と化している。  オレいらないなら早く帰りたいんだけど、ここで口を挟むと話広げられるし、かといって黙って立ち去る勇気もないよな。 「これから買い物に付き合わされるんだって。可哀想だろ、俺」  またしても頷きにくいことに同意を求められた。  わざとか。 「なっちゃんは? 1人でどっか行くの?」 「まぁ……ちょっと」  思わずちらりと瞳子さんを見てしまった。  バレてないと思うけど、瞳子さんがクスッと笑ったのが気まずくて顔を逸らした。 「塚本も連れていってやんなよ。自販機の前でポーっと口開けて空見てたぞ」 「は?」  その光景がリアルに浮かんでしまった。  手にはコーヒー牛乳でも持っているに違いない。 「可哀相で声掛けられなかったもんなぁ」 「かわいそー。なっちゃんがいないと、1人で何もすることないんだ」  いやいや。  あいつは1人で勝手にフラフラとできる奴ですから。  って、そんなのこの人たちのが知ってるだろ。  それに、瞳子さんの話をする場所にわざわざ連れて行けるか。

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