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第105話 厄介な話は勝手にどこかに飛んでゆく -2

 □ □ □  待ち合わせのファストフード店にやって来た篤士の表情は、数日前とは全く違っていた。 「悪いな。いきなり呼び出しちゃって」  いそいそとやって来た篤士は、機嫌良く笑いながらオレの向かいの席に座った。  調子がイイのはいつもの事なんだけど、何かちょっといつもよりご機嫌な気がする。 「それは別にいいんだけど、瞳子さんの事ならまだ何も分かってないぞ」 「ああー、それね」  期待されても困るから手ぶらでやってきたことを先に言うと、篤士の目が少し泳いだようだった。  なんとなく、態度が怪しい。 「うん。何かもう、それはいいや」  オレとは眼も合わせずに、隣の席に座る女子高生の方を見ながらしどろもどろにそう言いがった。 「はぁ!?」 「いや、分かる。奈津の言いたい事はよく分かる。俺もさすがにどうかと思うし」  文句とか事情を聞こうとするオレの言葉を遮るようにして、先に篤士が口を開く。 「だからこその急な呼び出しじゃん? こういう事は早めに言っとかないとっていう、俺なりの優しさ?」  言い訳が言い訳になってないぞ。  そこに優しさって単語使う事にも、疑問符付いてるのも納得できない。 「あれだけしつこく頼んできたのに、もういいってどういう事だよ」  テーブルに片肘付いて、さっき買ったオレンジジュースのストローに口を付ける。  瞳子さんの事、諦めきれないくらい好きなんじゃないのかよ。  それとも、未練がましい悪あがきが無駄だと気づいたんだろうか。 「それなんだけどさ……こんな事言うと怒られるだろーけど、彼女出来そう」 「……は?」 「瞳子の事で相談に乗ってもらってるうちに、なんだかイイ雰囲気になっちゃってたらしくてさ」  自分の事だというのに、他人事のように言う。  何だか色々理解ができないぞ。  と言うか、展開早過ぎないか? 「実は、この後も約束してるんだ。だから、本っ当に悪いんだけど、あんまり長居できねぇんだよ」 「いやいや、ちょっと待てって」  すぐに席を立ちそうな雰囲気だったから、慌てて引き止めた。  こっちの話はまだ終わってないぞ。 「お前、瞳子さんの事好きなんだよな?」 「まぁ、それはな。でも向こうに全然その気がないっていうし。あ、これから会う約束してんのは先輩で瞳子の友達なんだけど、その先輩が言うには実は瞳子にはずっと前から好きな奴がいるんだけど、そいつとは付き合えないからその代わりにとっかえひっかえ的な? それ聞いたらさ、俺の手におえる相手じゃないって悟ったっつーかさ」  ペラペラと訊いてないことまで喋ってくれる。  確かに、瞳子さんってオレたちの手に余るような感じだもんな。  でも、お前はそういうのも承知で付き合ったんじゃないのか? 「で、そんな事教えてもらってる間にその先輩とイイ感じになっちゃったんだよなぁ」  最低だ、こいつ。  そんな簡単に気が変わるくらいなら、最初っからオレにこんな話を持ってくるなよ。  って、言ってやりたいけど、こういう事は本当に何がどうなるか分からないからな。  あんまり責められない。  と、納得しようとしても、やっぱりどっか割り切れないよな。 「その先輩っていうのがさ、結構可愛いんだよ。なのに1年近く彼氏いないって言うからびっくりしてさ。何でできないんでしょうねー、なんて話てるうちに気づいたら口説いちゃってたんだよな」  おどけたように言われても、こっちは全く笑えない。 「……お前から口説いたのかよ」 「そうなんだよ。これもまたびっくりだろ?」  まったくだ。  瞳子さんが言った「お互い様」の意味がこんな所で分かってしまった。  こいつがこんなに軽い奴だったなんて、知ってたけど知らなかった。  この数日間のオレの努力と心労をどうしてくれるんだ。  努力に関しては、文句言う程してないけどさ。  それでも苦手なりに頑張ったと思う。  今回の事で分かったことと言えば、瞳子さんの謎が深まったくらいだ。  誠人の元カノっていう風にしか見てなかったけど、結構不思議な人だよな。  イベント前になると彼氏と別れるとか、やたらとウチの学校に来るとか、苗字も未だに分からない……というのはオレが訊かないからか。 「奈津、本当にごめんな?」  ガックリとうな垂れてしまったオレを、篤士が覗き込んでくる。 「お前、そんなに軽かったっけ?」 「ひでぇーな。仕方ないけど」  誤魔化すように笑って携帯を取り出す。  自覚があるだけマシか。 「そー言えば、あの話どうする?」 「あの話?」  時間を気にしながら聞かれてもどうにもやる気が出ないから、こっちの返事はかなり投げ遣りになる。 「女子を紹介するって話。奈津も学校の奴何人か連れてきてさ、合コンっぽくやろうぜ」  それ、本気だったのかよ。 「お前、本当に軽いな」 「何だよ、マジで女子に興味ないの?」 「気が乗らないだけ」  嘘ではない。  けど、本当の事が言えるほど心の準備も出来てない。 「それなら仕方ないけどさ。一応、礼のつもりだったんだけど?」 「瞳子さんの事で?」 「そ」 「じゃあ、もう気にしなくていいよ。オレも、どーでもよくなった」  やる気の無い返事をした所為か、篤士が不思議そうにこっちを見た。  本当にどうでもいい。  むしろ、これ以上瞳子さんの事で悩みたくない。  瞳子さんの事を考えると、どうしても苦しくなるんだ。  そんなの、篤士が知る訳ないんだけど。  誠人の事になると、どうしてもオレは過剰に心配してしまうんだよな。

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