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第106話 新年の抱負にしてはやや不純 -1
年が明けて、冬休みが終わり数日が経った頃、正月ボケの雰囲気を引き摺るオレに、それは突如として襲い掛かってきた。
「いい所で会った」
午前の授業が終わり、昼食を求めて誠人と食堂に向かう途中でそんな声が聞こえた。
「マサくんと、瀬口くんだよね」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには浅野さんが立っていた。
誠人が3番目に付き合ったという人だ。
文化祭の時に会って以来、久々に姿を見た。
元々接点の無い先輩だったけど、よくオレの名前を憶えてたな、と驚いた。
「ハルくん探しているんだけど、居場所知らないかな?」
人懐っこい笑みを浮かべてそう言った浅野さんは、オレと誠人を交互に見た。
一瞬「誰のこと?」と首を捻ったけど、すぐに思い出した。
森谷のことだ。
そう言えば、森谷は「告られた」って言っていたけど。
そういう関係で探しているのだろうか。
森谷は文化祭の時は逃げていたけど、今はどうなのかな?
あれ以来、この話題は一切なかったから現状が不明だ。
とは言え……。
「森谷だったら、部活の用でどこかに行くって言ってましたけど」
教室でそんな話を小耳に挟んだのを思い出したので、とりあえず伝えてみた。
匿う訳じゃないけど、居場所を知らないのは本当なのであやふやに答えるしかない。
「そうなんだ、残念」
浅野さんはあっさり諦めたようだった。
「ありがとう」
お礼を言われたのと同時に手を差し出された。
反射的に自分も手を出すと、小さな包みが掌に落ちた。
レモン味と思われる黄色い包装の、のど飴のようだ。
「マサくんも」
同じ飴を誠人にも渡す。
常備しているのだろうか。
冬だし、受験生だし、咽を大事にする気持ちは分かる。
貰って悪い気もしないしな。
有り難くいただくことにする。
「そうだ」
立ち去ろうとした浅野さんは何かを思い出したように足を止め、再び誠人の前に戻ってきた。
何事かと様子を窺っていると、浅野さんはポケットから同じアメをもう一つ取り出した。
「マサくんにはもう一つあげる」
無言で受け取る誠人に、ふわりと微笑みかけた。
誠人にだけ何故二個? と疑問を抱いたのは言うまでもない。
別に、アメが欲しい訳じゃない。
たかがのど飴の一つや二つ、贔屓だなんて思わない。
少し気になってしまうのは、誠人が前に付き合っていた人だから。
何か特別に意味があるのではないか、と勘繰ってしまう。
「誕生日おめでとう」
何てことの無いような一言だった。
あまり現実感のないセリフだ。
「もう、過ぎた」
「そうだけど、一か月以内は誤差の範囲だろ。ここで会えたのも何かの縁だし」
それだけ言って、今度こそ本当に去って行った。
残されたのは、不意打ちの言葉に呆然とするオレと、貰ったアメを無造作に制服のポケットにしまう誠人だった。
誠人が浅野さんに声を掛けられる前と全く変わらない様子で歩き出そうとするので、思わずその腕を掴んで動きを止めた。
「……お前、誕生日なの?」
「今日ではない」
「いつ!?」
廊下を歩く生徒たちの注目が集まるくらいの音量で訊いた。
腕を掴む手に、つい力が入ってしまう。
「12月26日」
誠人は淡々とそう告げた。
さっき、浅野さんに「もう、過ぎた」って言っていたから分かっていたよ。
多分12月なんだろうなって。
もしくは冬休み中。
なんて事だ。
浅野さんの言うとおり誤差は一か月以内だったけど、既に過去の日付だったなんてどうにもならない。
「なんで言わないんだよっ!」
逆ギレ気味にそう怒鳴ったオレを、誠人は困ったように見ていた。
付き合っている奴の誕生日を過去形で教えられて、困ってるのはこっちだ!
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