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第109話 新たなる日々の始まり -2

□ □ □  その日は新年度初日という事もあり、昼前には下校できた。  藤堂は早々に帰ってしまったので、独り残されたオレはする事がなくなって暇になった。  このまま真っ直ぐ帰ろうか、それとも誠人の家に寄って行くかを考えながら廊下を歩いていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。 「なーっちゃん」 「ん?」  振り向くと、そこにはさっきのシロがいた。 「もう帰んの?」  そう言って、小奇麗な顔で人懐っこく笑う。  改めて見ても、やっぱどこかで会った事ある気がする。  でも、全く記憶にないんだよな。  一年間同じ学校に通っていたんだし、校内で見かけた事くらいはあるだろうけど…。  思わずジッと顔を凝視してしまったら、それに気づいたシロがニヤリと笑った。 「俺の顔、何か変?」 「イヤ……どっかで会った事なかったかな、と思って」  悪いとは思いつつも、気になって目が逸らせない。  もう少しで思い出せそうなんだけどなぁ。  オレが考え込んでいると、シロは「あー」と妙に納得したように呟いて不敵に笑った。 「実は、俺も前から気になってたんだよな。なっちゃんのこと」 「オレ?」 「そう」  と言う事は、クラスが同じになる前からオレのことを知っていたんだよな。  全く知らない人間を気にしたりはしないだろうし。  じゃあ、やっぱりどこかで会ってるんだ。  でも、どこで?  さっぱり思い出せない。 「なっちゃんさぁ、この後お暇?」  過去の記憶たちを総動員している最中に、唐突にシロがそう言った。  暇は暇だけど、何か引っかかる言い方だな。 「……一応、暇だけど」 「じゃあさ、お近づきの印に一緒にランチでもどう?」  警戒しつつ答えると、何故か昼飯に誘われた。  昼飯にはまだ少し時間が早いけど、腹が減ってないこともない。  どうしようか迷っていると、強引に手を引かれてしまった。 「つっても、学食だけどさ」  陽気なシロにズルズル引っ張られて、廊下を学食方向へ歩く。  シロの誘いを断る理由はないから別にいいんだけど、なんとなく引っかかるんだよな。  一体、どこでオレを知ったんだろう。 「うっわ。なんつー組み合わせだよ」 「ダメだよー、なっちゃん。怪しい人に付いて来ちゃ」  学食に行くと、仲井と黒見がいた。  この時間ならもしかしたらいるかもしれない、とは思ったけど、本当にいるなんて最悪。  しかも、いるだけでも煩いのに、オレとシロを見比べて勝手に何やら盛り上がってるし。  何だ?  もしかして、シロと知り合いだったりする? 「やっぱ、『なっちゃん』で正解だったんだ」  「まさか」と思いつつシロの方を見ると、満足そうに笑ってそう呟いた。  間違いなく、こいつらは知り合いだ。  つーか、シロがオレを知ってるっぽかったのも、こいつらが原因か? 「校内で堂々と浮気とは、二人とも大した度胸だよな」  と、黒見が感心しきったように言うと、すかさず仲井がスマホを取り出す。 「撮っとくか。後で証拠になるぞ」 「やめろって。俺、殺されちゃうだろ」  そう言ったシロは、オレたちに向けて構えられようとしていた仲井のスマホを素早く取り上げた。 「浮気って言うなら、自分たちの方が怪しいんじゃねぇ?」 「は?」 「今だってほら、密会だろ」  シロは仲井と黒見を交互に指しながら、実に気味の悪いセリフを口にした。  オレでは到底できない(と言うか考えもつかない)切り返しだ。  言われた仲井と黒見が、まんざらでもなさそうなのが余計嫌だ。 「マズイ所を見られちゃったなー」 「誰にも言うなよ。恥ずかしいから」  二人はちょっと照れたように、口々にそう言い合っている。  だったら否定しろよ。  と、思ったけど、オレもさっき言われたけど否定しなかったな。  でも、オレは思わせぶりな言動もしてないから。 「那弦(なつる)には黙っといてやるから、俺たちの方も内緒にしといて」  シロが奪い取ったものを仲井に返しながらそう言うのを聞いて、思わず「ちょっと待て」と声が出てしまった。  だって、今の言い方だと、オレとシロの間に何かあるみたいじゃないか。 「『俺たち』って何だよ。そっちはどうだか知らないけど、こっちは別にヤマシイ事なんか何にも無いんだからな!」 「うわぁ…」  抗議をしたオレを、シロはまるで珍しいものを発見したような目で見る。  オレ、何か変な事言ったか?  本当の事を言ってやっただけだぞ。 「なっちゃんって、すっげぇ真面目」 「はぁ!?」 「みんな冗談だって分かってるのにわざわざ訂正するなんて、真面目というか、頭が硬いと言うか……」  感動したようなシロの言い方は、捉え方によっては馬鹿にされているようにも聞こえる。  元はと言えば、こいつらがいい加減な内容で盛り上がるからだろ。  ホントの事を言っただけなのに、なんでそんな言い方されなきゃいけないんだよ。 「悪かったな、頭硬くて!」  冗談だと分かっていても、仲井や黒見(ここにはいないけど安達も)に冷やかされるとムキになってしまうんだよ。  自覚しているのに指摘されると、必要以上に声が大きくなってしまう。  その所為か、シロはオレが怒ったと思ったようだ。 「ごめん、ごめん。そんなに怒るなよ」  ギャーっと騒いだオレを、シロが「まぁまぁ」と宥める。  まるで子どもを宥めるような扱いをされて、更にムカッとなった。 「怒ってねぇよ」  むしろイラついている。  シロに誘われた時、迷っているうちに引きずられてここまできてしまった自分に。  やっぱ、断ればよかった。  学食って時点で、こうなる事は大体予想できた筈なのにな。 「三人は、知り合いだったんだな」  不貞腐れたついでに、一応訊いておく。  シロが最初に言ってくれていれば、ここまで来なかったのに。 「まぁな」 「知り合いだなんて水臭い、お義兄さま」  少し濁したような仲井のセリフに、反論とまではいかない程度の言い方でシロが不満を口にした。  聞き間違いでなければ、今「おにいさま」って言った?  という事は……。 「えっ、兄弟!?」  仲井とシロが!?  思わず2人を見比べて、言われてみればノリがそっくりだ、と微妙に納得した直後に、仲井が「違う違う」と手をヒラヒラさせた。 「俺じゃなくて、那弦の、な」  なんだよ。  仲井の弟じゃなかったのか。  意味もなく慌ててしまいホッとしたのも束の間、今度は別の部分に引っかかった。  あんまり聞き慣れてなくてピンとこなかったけど、今仲井が言った名前って…。 「なつるって…吉岡さん!?」  じゃあ、シロはあの吉岡さんの弟!?  あの、美人なのに仲井が好きだと勿体無い事を言う吉岡さんの弟か。  それはそれで驚きが大きい。  つーか、似てねぇー。  ジーっとシロを凝視して、どこか似ているところを探してみる。  そう思って見れば、顔は少し似ているかも。  最初にシロを見た時に、どこかで会った気がしたのはその所為か。  系統としては同じだな。  吉岡さんの方が美人だけど、シロも十分綺麗な顔をしている。  ただ、背がデカイ。  もうそれだけで、全然似てない。  あと、なんと言っても、性格。 「なっちゃん、今、似てねぇーって思っただろ」  言われ慣れているらしく、シロはあっさりとオレの頭の中を見破った。  隠しても、既にバレてるので素直に頷く。 「思った」  よりによって、吉岡さんかぁ。  まだ、仲井の弟って言われた方が納得できる気がする。  それほど吉岡さんと親しいという訳じゃないけど、少なくとも、シロと吉岡さんは結びつかない。  まぁ、兄弟なんてそんなもんなのかもしれないけど。  でも、それにしてもさぁ……。 「よく言われる」  なんだか複雑な気分になってしまったオレの心中を察したのか、シロは肩を竦めて苦笑した。 「て言うかさ、さっきHRで自己紹介しただろ。俺、ちゃんと吉岡って言ってたの聞いてなかった?」 「……聞いてなかった、かも」  申し訳ないけど、正直、後半の方はかなり聞き流していた。  シロに至っては、その前に個人的に自己紹介をされていたので余計に気にしていなかった。  正直に答えると、シロは「酷い」と言ってワザとらしくよろめいて学食のテーブルに手をついた。 「そういえば、英介さんは?」 「一年の教室に行ったっきりだな」 「そのまま帰ったんだろ」  そうこうしているうちに、三人の世間話が始まってしまった。  オレには、安達の行方なんてどうでもいい。  ここにいても仕方ないし、誠人の顔も見に行きたいし、もう帰ろっかな。

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