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第111話 同じ歩幅でいたいから -2

 おつかいの醤油は尚糸に任せて、誠人とオレは離れへ直行した。 「楽しかった?」  何の脈絡のない質問が飛んできて、反応に困る。  まるで、遊園地にでも行ってきた感想を求めるかのような訊き方。  オレ、どっか行ったっけ? 「新しいクラス」  ここ最近の自分の行動をあれこれと思い返していたオレに、誠人は補足するようにポツリとそう付け足した。  一体何の話かと思ったら、そんな事か。 「楽しそう、かな」  まだ初日だし、よく分からないっていうのが本心だけど、悪くはなさそうなカンジだったから。  誠人とは別になっちゃったけど、藤堂とは一緒だしな。 「俺が、いなくても?」  さっきと大して変わらない口調だったから、危うく通り過ぎてしまう所だった。  誠人らしくないセリフなのに、言い方は凄く誠人らしくて、だけど、ちょっと寂しそうな表情はやっぱり誠人らしくない。  オレはどうしようもなくなって、誠人の服の端を引っ張るしかできなかった。  嬉しいだけじゃない、何だか複雑な気分。 「……それ、試してんの?」  言っているうちに、服を引く指先にギュッと力が入る。  「別のクラスになってしまって俺は寂しいけど、お前は?」って。  自分だけが寂しいみたいな顔しやがって。  それは、オレのセリフでもあるんだぞ。  誠人が一緒にいる方が楽しいに決まっているのに、何でそんな事訊くんだよ。  学校にすら来てなかった奴に言われたくねぇよ。 「オレは、誠人がいないと寂しいよ。できれば同じクラスになりたかったけど、決まっちゃったんだから仕方ないだろ」  文句を言っても変更なんて出来ないんだから、潔く諦めるしかない。  駄々をこねるような深刻な問題じゃないない。  よく考えると、今までと大して変わらないような気もするんだよな。  登校していたとしても、教室にいなかったら同じだろ。  二度と会えなくなる訳じゃないんだし。  その気になれば、時間なんてそれなりに作れると思っていたんだよ、オレは。  それなのに……。 「誠人こそ、どうなんだよ」 「俺?」  反撃とばかりに訊き返してやると、誠人は惚けるように首を傾げた。 「今日だって、オレがここに来なかったら、オレたちは会えてなかったって、分かってんのか?」  こいつ、絶対に分かってない。  学校に行って、誠人がいない日のオレの物凄い残念な気持ちなんて、全っ然分かってない。  むしろ、分かって堪るかっ。  オレが誠人の家に来るのは珍しい事じゃない。  どちらかと言うと頻繁、かな。  誠人が学校に来なかった日だったら、9割は手堅い。 「会いたいなんて思ってんのって、オレだけ?」  自分の言葉で弱気になってしまった。  オレがここに来ても来なくても、どーせ、誠人にとってはどうでもいい事なんだろうな、って。 「違う」 「じゃあ、何で忘れんの?」  別に、学校に来なかったから怒っているんじゃない。  クラスが別れたのを寂しがるな、って言っているのでもない。 「ごめん」 「ごめん、じゃねぇよ」  少し棘の生えた口調で言うと、誠人は透かさず次の言葉を発した。 「悪かった」 「……同じだろ、それ」  とりあえず謝れば済むって思ってんじゃねぇよ。  オレの機嫌がどうして斜めになったのか、ちゃんと分かってないくせに。  この憤りが、そう簡単に治まると思ったら大間違いだ。 「好きだよ」 「……っ!」  最強の一撃で、憤りがガクッと折れた音が聞こえた気がした。  誠人にとっては普通に言たつもりでも、オレの耳にはこれ以上ない程に甘く響く。  倒れそうだ……。  何度目だろうと、毎回のように撃沈させられてしまう。  誠人も絶対に気づいてる。  だから、こういう場面で切り札のように脈絡なく使うんだ。  そう言えば何でも許されると思いやがって!  誠人の手が、何も言い返せなくなったオレの髪を撫でる。  唇が重ねられて、抵抗のしようもないくらい完全に蕩けた。  キス一回で簡単に機嫌が直っちゃうとか思われたらイヤだけど、実際そうなんだから仕方ない。  結局、オレの方がずっとずっと誠人を好きになっちゃったんだよな。  だから「好きだ」なんて言われると、簡単に誤魔化されてしまう。  卑怯すぎ。  オレばっか一生懸命みたいで、すごく卑怯だ。  どんどん浅ましくなっていくのは、きっとその所為。  誠人がオレを好きだと言ってくれているだけで十分な筈なのに、それだけじゃ物足りなくなる。  ワガママだけど、せめて、下らない事で悩んでしまうオレの自信を、これ以上失くさせないでほしいんだ。  だから、もっと……。  緩めに締めていたネクタイの結び目に指をかけて、少し下へ引く。  鼓動が、指を伝って返ってくる。 「今ので、終わり?」  そう呟きながら、名残惜しげに指先で唇をなぞった。  自分の言葉に眩暈がする。 「瀬口?」  意外そうにこっちを見る誠人と眼が合って、「そういう意味に取ってもいいよ」と、精一杯微笑ってみる。  誠人も、もっとオレでいっぱいになればいい。  誘うのは、拒む以上に苦手だけど、今はちょっとそんな気分だから。 「瀬口が、その気にさせてくれる?」  余裕のある笑みを浮かべて誠人が言う。  こいつ、オレがそういう事をできないと思ってやがるな。  実際そうなんだけど。  だけど、今のオレは若干ご立腹気味なので、そういう態度を取られるとムキになってしまうのだ。 「キス、から?」  訊いた途端に、自分の言ったことの重大さに気付いてしまった。  しどろもどろなオレとは対照的に、誠人はかなり余裕があるように微笑っている。 「瀬口の好きなように」  と、言われても……。  キスならもうしてしまったしな。  正確には、「された」んだけど。  かと言って、他にどうしたらいいのか思いつかない。  数分、いや数十秒前の自分の言動を早くも後悔しつつ、少し考えてぎこちないキスから始めた。

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