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第113話 誘惑にも限界がある -2

 酸素を求めて開けた口を容赦なく塞がれて、虚脱感を味わうことなく息苦しさに喘ぎながら、誠人の腕を爪が食い込むくらいに掴んだ。 「は、ぁ……、はぁ」  ようやく解放された時には、酸欠で朦朧となっていた。  そんなオレの様子を見て、誠人は嬉しそうに微笑むから、なんだか無性に悔しくなる。  やはり、どうしても、オレはこいつに遊ばれているように感じるんだよな。 「その気に、なっ……た?」  なっていない筈がない、という確信の元、一応訊く。  ここまでしておいて、平常心な訳がないだろう。  それでも、これで「まだ」とか言われたらどうしよう。 「なってるよ」  瞳に映っているものが分かるくらいの、吸い込まれそうな距離で、苦笑した誠人が当然のように言う。 「んっ……」  安心したのも束の間、またしても深く唇を重ねられた。  脚を広げられて、何の躊躇いもなく指がするりと侵入してきた。 「ふ、ぁ……!」  続きを再開しました、というような自由な動き。  さっきオレが出したものが絡められた指は、濡れた音をたてて中を掻き混ぜる。  本数増えているのに物足りなさを感じてしまうなんて、オレの身体ヤバすぎるだろ。  初見では「無理」だと思った誠人のものを、欲しがる日がくるとは。 「……もう、いいから」  言葉では伝えられるとは到底思えないから、目で訴えてみる。  指はもういいから。  もう十分だから。  もっと違うものを。  誠人の口の端が笑うように歪んだので、伝わったのだと思った。  しかし。 「『から』?」  とぼけやがった!  伝わっているクセに!  顔、笑ってるのに!  その後に続く言葉を聞きたいというのか、お前はっ。  大体、誠人だって苦しい筈なのに。  オレばっかりが欲しいみたいで嫌だけど、内部の弱い箇所を触られて悲鳴に似た声が出て涙目で降参するしかない。 「から……い、れて」  羞恥心で真っ赤に染まる頬に唇が触れて、ちゅっと音が鳴る。  さしずめ「良くできました」という所か。  それとも、「もっと頑張りましょう」なのかも。 「うぁ……っ!」  抱え上げられて露わになった部分に、圧迫感と共に先端が押し入ってくる。  もどかしい程ゆっくり進んで、途中で揺らされて、また進んで、という具合に時間をかけてオレの中に収まった。  僅かに揺すられるだけで、ビクビクと身体が震える。 「どこまで、手伝えばいい?」  オレの脚を肩に担いだまま顔を近づけてくるから、角度が変わって更に奥を突かれる。 「ひっ……あぁ」 「瀬口?」  何を、訊かれているのか分からない。  そんな事よりも、全身を支配する抗いがたい快感に痺れて、呼吸をするだけで喘ぐように声が漏れる。 「俺は、どうすればいい?」  オレの片脚を下ろしながら、そんな事を訊いてくる。  神妙なのは雰囲気だけで、完全に楽しんでいる。  この状況で訊くか!?  「どこまで」って、このオレが「ここまで」なんて男前な事を言うと思うかっ。  ここで誠人に「手伝い」を止められてしまったら、と思うだけでゾクリと背筋に冷たいものが走る。  「どうすればいい」って、決まってるだろーが。  もちろん、「このまま、最後まで」だ!  お前だって、そのつもりなんだろ?  とは思っても、この心情を伝える事は当然できない。  何故なら、口も身体も思い通りに動いてはくれないからだ。  身体の中を貫かれたまま、前も握られて緩やかに扱かれて、求めるように無意識に腰が揺れる。 「瀬口が、動く?」  到底無理な事を言われて、ブンブンと首を横に振るしかない。  オレにそんなスキルはないと分かっているクセに、そんな事を言うなんてイジワルだ。 「なん、で、そんな事、言う……っだよ」  身体と気持ちを人質に取られて、どんなに強がっても誠人の言うなりになってしまうのは目に見えている。  だから、言える時には言っておかなければ。 「今日の誠人、ちょっと……変、だ」  抗議の意味を込めて言ってやった。  誘ったのはオレなのに、結局何もしてないも同然だけど。  だからって、少しばかりオレに厳しくないですか?  いつも甘やかされていただけ、と言われてしまったらそれまでなんだけど。 「そうかも」  意外にも、誠人はあっさりと認めた。 「瀬口に誘われたのが嬉しくて、ちょっと調子に乗った」  そんな事を言いながら、れろっと乳首を舐めやがった。 「ごめん」 「うぁ……っ!」  謝るのはいいけど、唇を乳首に触れたまま喋るなっ!  これ以上刺激が増えたらおかしくなるからっ!  心の中では厳重に猛抗議をしているけど、実際にはピクピクと震えるだけだ。  でも、オレなんかの拙いお誘いでも調子に乗ってくれるなんて、胸のドキドキが無駄じゃなかったと思えてちょっと嬉しい。  両腕を伸ばして誠人の首に絡ませた。  オレの胸元に埋めていた顔が上がって、目が合った。  普段の誠人からは想像も出来ない、欲望を追う色が見える。  それが自分に向けられているんだと思うと、全身が騒めいて落ち着かない。 「……誠人、起こして」  いつもだったら、頭を過ることすらない提案をした。  驚いたような顔を見せる誠人に、「お願い」と囁く。  誠人の手が背中に回って、支えるようにして繋がったままのオレの上体を抱きあげてくれる。 「あっ、ん、ぁ……っ!」  跨るような恰好になり、さっきよりも奥に刺激が届いて声が漏れた。  甘く見ていた。  頭で考えていたより、何倍も辛い上に気持ち良い。  串刺しにされているような恐ろしさと、自分の体内の深い所にある誠人の存在に、身体と心が震える。  ぎゅっと誠人にしがみ付いて、なるべく自分の重みを分散させようとした。 「無理、しなくていい」  苦し気に息をするオレを気遣って、背中を擦りながら誠人がそんな事を言う。  そんな些細な接触でも、敏感になった全身が粟立って悲鳴を上げてしまう。  こんなオレ相手でも嬉しいって思ってくれるなら、あと少し頑張ってみようかな、と我ながら大胆な判断をした。  もう後悔してるけど。  腰を動かそうにも、突き破られそうで怖くて動けない。  震えが揺らめきに変化しても、たかが知れている。  だけど、動きたい。動いて欲しい。 「も、少し、頑張る、から……ぁ」  しがみ付いたまま、何とか言葉を紡ぐ。  朦朧とした頭が、考える事を放棄しようとしている感覚。  緩く揺れる度に快楽が増している気がする。 「気持ちいい?」  こちらの状態を察知した誠人が、うっとりするような口調で訊いてくる。 「んっ……いっ、い」  少しずつ動けるようになって自分のイイ所を追うけど、それが精一杯だ。  気持ちが良いのは、きっとオレだけ。  誠人が満足するようには出来ない。 「まさと」 「ん?」 「……もう少し、手伝って……?」  涙の滲む情けない顔で覗きこんで、懇願するように言った。  頑張ろうと思ったのなんて一瞬で、結局こうなってしまうんだな。  覚悟が足りない。  あと、経験も。  オレ、また迷惑かけてるのかも。 「勿論」  さっきよりも、少し余裕の無くなった誠人の声が心地良い。  快諾してくれる誠人の声が聞こえて安心したのも束の間、腰を掴まれて突き上げられる。 「はぁん、あっ! あぁ! ……んんっ」  荒っぽい快楽に、喘ぎ声が千切れたように散らばる。  仰け反った首筋に舌が這って、敏感に反応してしまう。 「やっ、激し……っ、ないでっ!」 「でも、俺の上でイきたいみたいだから」  そんな事は一言も言っていない。  そうしてやろう、という気概はあったけど、早々に怖気づいて諦めた。 「違っ……ぁ、あっ」 「じゃあ、どういうつもりで上に乗ったの?」  少し動きを緩めて、答えにくい事を訊かれた。  だけど、このくらいなら喋れるだろう、いう程度の緩め方だし、気を抜くと容赦なく責められるに決まっている。 「ちょっ、一回止め……ぁン」 「気持ち良くない?」 「イイ、から……あっ、ん……ヤなの!」  怖くて、気持ち良くて、辛くて、嬉しくて、どうにかなりそうだ。 「オレだけ……じゃ、嫌だ」  どうせ、オレなんかには誘って夢中にさせるような事はできない、と鼻で笑っていた誠人に思い知らせてやろうとしていたのに、蓋を開けてみれば自分だけ先にイかせてもらった上に、二度目の射精も近い状態だ。  オレが気持ち良くしてやりたいのに。  いつもいつも、自分の事ばかりになってしまう。 「誠人、も……っん」  開いていた口を塞がれた。  舌を引き摺れ出されて、ぴちゃぴちゃと音がする。  目を閉じて夢中になりながら、誠人を掴む手を肩から首、首から耳へと移動させる。  指が耳の裏側に触れると、中の誠人が存在感を増した。  飲み込みきれなかった声を混じらせながら絞り出す。 「……好き、だ」  あとはもう真っ白で、何も浮かばない。  頭の中で好きだと何度も繰り返しても、声に出来たのはこの一度だけ。  やっと言えたら、気持ちは真っ白になった。 「俺も、好きだよ」  当たり前のようにそう言ってくれる。  気持ちが返ってくるのがこんなに嬉しいって、教えてくれた人。  だから、誠人になら全部持っていかれても怖くない。  もう痺れきっていて、理性なんて当然のように働かない。  だらしなく開いた口が「もっと」とキスを貪るのを、まるで他人事のように感じていた。  これは自分ではない、という言い訳はできないし、しない。  ただ、あまりにも深くて強烈で、自分が自分でなくなるような恐ろしさに襲われている。  怖い気持ちは、噛み付くようなキスで和らぐ。  こんなオレでも、誠人は「好きだ」と言って抱き締めてくれるから、つい「もっと」と言ってしまう。  箍なんて簡単に外れてしまう。  どんなオレでも受け入れてくれると信じて、熱に浮かされるように求めた。

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