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第115話 戦いの火蓋は切れていた -1
制服が冬服から夏服に替わる頃、体育祭が行われる。
秋は文化祭があるから先にやってしまおう、という気持ちは分かるけど、新年度が始まってすぐというのはちょっと慌しすぎ。
1年生なんか、まだ学校にもなれてないのに「体育祭やります!」って言われても、正直困るんだって。
その所為か、体育祭は2、3年生がメイン。
新入生は来年の為によく見ておきなさい、って感じだな。
正直、去年は体育祭で何をしたのかを訊かれてもあまり憶えてないんだけど、今年はそうも言っていられないようだ。
「1500m!?」
教えられた競技名を聞いて、思わず声を上げてしまった。
それは、間近に迫った体育祭の競技の一つで、約5分近くひたすらトラックを走るだけの、地味な割に恐ろしく疲れる種目だ。
はっきり言って、オレは苦手。
強制だったら諦めて走るけど、自分から走ろうとは絶対に思わない。
大抵の奴はそう思っているから、体育祭競技の1500m走はハズレくじに近い。
中学の時もそうだったけど、長距離走に立候補する奴ってあんまりいた試しがないよな。
で、何故オレがその競技を聞いて驚いたかと言うと、その1500m走に塚本誠人が出場するというからだ。
無謀だろ。
あまりにも無謀すぎ。
誰だよ、決めたの。
あの誠人が、そんなに走る訳ないだろ。
「最後までそこが決まらなくてさ、仕方ないから、その時教室にいなかった塚本さんになっちゃったんだよな」
溜め息混じりにそう言うのは、今年は羨ましくも誠人と同じクラスで、例によって体育祭実行委員の成瀬藤吾 だ。
去年の文化祭実行委員もやっていたし、今年の新入生歓迎会も実行委員やっていたよな。
本当に、こういうイベント物の実行委員に選ばれやすい奴だ。
いっその事、生徒会役員になってしまえばいいのに、と思うのは大きなお世話か。
そんな事より、誠人の事だ。
教室にいなかったなら補欠にでもしとけよ、って思ったけど、去年と違って出場種目とか増えるから人数が足りなかったんだろう。
ウチのクラスも、ほぼ全員が競技掛け持ちだしな。
それにしても……。
「よりにもよって1500mかぁ」
思わず同情の言葉が出てきてしまう。
たかが体育祭。
勝って得られるものなんて、校外に出てしまえば何の意味もないものだろうけど、それでもやっぱり本気で熱くなって勝ち負けに拘ってしまうんだよな。
「まぁ、別にいいけど。他で点数稼ぐから」
かなり諦めた様子の藤吾があっさりとそう言って、それで話は終わる筈だった。
しかし、何処からともなく現れた伏兵により、それは許されなかった。
「何言ってんだよ、コラ」
伏兵は吉岡眞白こと、シロだった。
今までの話を聞いていたらしいシロは、ややご立腹の様子でオレたちの間に割って入ってくる。
「実行委員がそーいう態度でどーするんだっ。もっと張り切れよ、そして盛り上げろよ!」
しかも、登場と同時にハイテンションだし。
何でそんなに熱いんだ、こいつは。
「どうした、シロ。何か変なもんでも拾い食ったか?」
対照的に冷めた態度の藤吾が、からかうように心配して見せた。
が、シロにとって、藤吾のその態度は火に油だ。
「あーもう、これだから藤吾はダメなんだよ。盛り上がらないと、面白くないだろーがっ」
「だから、他で盛り上げるって言ってんだろ」
「ダメ」扱いされた藤吾が反撃に出る。
面と向かって言われたら、悪意がなくてもムカツクよな。
「それとも何か? お前は、あの塚本さんをやる気にさせられるっつーのか!?」
「おやすい御用だ」
勢いよく言った藤吾のセリフに、シロが自信満々に頷く。
オレとしては、誠人が「あの」扱いされてる辺りがちょっとツボ。
今のクラスでも、やっぱ浮いてるんだろうな。
「上位入賞でご褒美ってどう?」
「却下。誰が金出すんだよ、そのご褒美の」
「金がかからなきゃいいんだろ」
今のこの騒ぎを後で誠人に教えてやろう、と密かに企んでいたオレに、藤吾と言い合っている最中のシロの視線が向けられた。
何だよ。
オレも会話に混ざれって?
でも、オレも藤吾と同意見だから、混ざったらシロの敵が増えるだけだぞ。
「なっちゃん」
「…はい?」
シロにガシッと両肩を掴まれて、思わずかしこまってしまった。
あんまり顔を近づけられると、逃げたくなるんですけど…。
「トップでゴールするカッッコイイ塚本さん、見たくない?」
何を言われるのかと思ったら、そんな事ですか。
あり得ないけど、1500mを見事に走りきりトップでゴールを切る誠人って、カッコイイのか?
どうだろう……。
そんな爽やかな誠人は想像もできなくて、頭の中ではもはや別人だ。
けど…見てみたい、かも。
「まぁ、見られるならな」
何度も言うようだけど、そんなの絶対にあり得ないけど。
「じゃあ、なっちゃんがご褒美ね」
「ん?」
何の話か分からなかったが、シロがやけに楽しそうに微笑うから、つられて笑っている間にポンと肩を叩かれた。
「はい、決定!」
シロはヘラリと笑って、得意気に藤吾の方に向き直した。
「なっちゃんが協力してくれるってさ」
「ご褒美が瀬口って……意味分かんねぇんだけど」
藤吾が混乱したように怪訝な表情をしているが、オレもかなり混乱中だ。
「入賞したら瀬口奈津くんをご進呈~、ってかなり良くない?」
もしかしなくても、誠人が1500mを好タイム走った時のご褒美にオレが推薦されたのか?
一体いつそんな事になったんだよ。
オレは了承した覚えなんてないぞ。
それに、意味ないし、それ。
だって、オレは元々……。
「良くないよ。元々自分のもの貰っても何の意味もないだろ」
ついに、ずっと黙っていた藤堂彼織さんが参戦してしまった。
藤堂の言ったのは確かにその通りなんだけど、色々不都合があるからそれ以上は喋るな。
一瞬前まで同じ事を考えていたというのもかなり恥ずかしくて、あたふたしてしまう。
「瀬口と塚本さんって、そーだったんだ……」
ほらみろ。
知らなかった藤吾にまでバレたじゃないか。
変な顔でこっち見てるよ。
「違っ……!」
って、違わないけど、咄嗟に口から出てしまった。
素直に認めるには、まだ余裕が足りない。
余裕だけじゃなくて、度胸と自覚も少々足りてないかな。
「大体、何でシロはそんなに燃えてんの?」
どう誤魔化そうかと頭の中をフル回転させているオレを余所に、元凶の藤堂は既に違う方に気を向けていた。
話が逸れるのは有難いけど、こっちのフォローもしてからにして欲しかった。
おかげで、藤吾の方を見られなくなったじゃないか。
「俺、放送部員だもん。いくら俺たちが盛り上げようとしても、やってる奴らが冷めてたんじゃどうしようもねぇだろ」
オレの気まずさは無視で、シロと藤堂の会話が続いていた。
そっか。
シロって、実は放送部員だったんだな。
体育祭当日に実況とかするのが放送部だから、その所為で張り切っているのか。
張り切るのは自由だけど、こっちまで巻き込まないで欲しいよな。
「でも、そっか。カオリちゃんの言うことも一理有る」
どこまで分かっているのか知らないけど、カオリちゃんの発言に感化されたらしく、ようやくシロが静かになった。
と、思ったのは勘違いだった。
「ウチのクラスの1500mって、誰だっけ?」
急に大声を張り上げて、教室中に聞こえるようにそう言った。
それを知って、どうするんだ?
シロの考えていることがさっぱり分からない。
「俺だけど?」
シロの呼びかけに応じる律儀な奴がいた。
今年も同じクラスの森谷晴樹 だ。
1500mの選手だったら他にもいるのに、たまたま教室にいたのが森谷だけだったらしい。
「ただ走るだけでダメなら、競争相手を作ればいいんじゃん?」
呼ばれた森谷がこちらに来るのを待って、シロが新たな提案を口にした。
「ウチの晴樹と勝負して、勝ったらなっちゃんを進呈します、ってのどうだ?」
「だーから、瀬口は元々、って……?」
反論しようとした藤堂の言葉が止まった。
オレの思考も止まっている。
「死ぬ気で走らないと、なっちゃんが他の奴のものになってしまいますよ、って言ったら、塚本さんも本気になるんじゃねぇの?」
あまりにも突飛な提案に、やってきたばかりの森谷だけでなく、会話に関わっていた全員がキョトンとした顔になった。
すみません。
誰か通訳をお願いします。
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