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第117話 戦いの火蓋は切れていた -3
大体において、オレの周りには人の話を聞かない奴が多い。
オレにも多少はそういう所があるかもしれないだろうけど、こいつらに比べれば足元にも及ばない。
それが束になってかかって来るんだから、どうしようもできない。
この賞品も、諦めて持っとくしかないのかな。
「ところで、なっちゃん。まさかとは思うけど、塚本さんを応援しようなんて思ってないかい?」
この事態を悪化させた張本人であるシロが、完全に楽しんでいる口調で、頭を抱えるオレに向かって そう言った。
「思ってるけど?」
何でそんな事をわざわざ訊くんだ?
この状況で、オレが誠人を応援するのは当たり前だろ。
森谷の応援なんか、例え嘘でもしてやるつもりはない。
当然のように頷いたオレの額を、シロが指先で叩いた。
「こーの、裏切り者め」
「はぁ?」
軽い衝撃のあった額を手で押さえながら、何でそんな事を言われた上に叩かれなきゃいけないんだ、とシロを睨んだ。
オレの不愉快さなんて全く気にも留めずに、シロは誠人と藤吾を一纏めにしてその前に立ち、大きく腕を上下させて見えない壁を作った。
まるで、小学生の動きだな。
「こっちは紅組、向こうは白組。この2人は敵なんだぞ」
自分で勝手に作った見えない壁の向こう側の2人を指して、大袈裟な身振り手振りのシロが オレを諭そうとしている。
そんな事、わざわざ言われなくても知ってるって。
それに、「敵」っていう表現はかなり大袈裟だろ。
確かに敵と言えば敵だけどな。
ただし、体育祭期間限定で。
「敵を応援してどーする!」
「敵、って……」
シロの気迫に押されてしまって、咄嗟に反論の言葉が出てこなかった。
「つー事で、なっちゃんが応援するのは晴樹だからな。間違っても、敵なんかに声援送っちゃダメ だぞ」
「は…?」
シロの言った「晴樹」とは、森谷の事だ。
それは分かってる。
ただ、どうしてオレが森谷の応援をしなきゃいけないのかがさっぱり分からない。
それに、敵って……。
待てよ。
敵、って……?
たった今、シロがそう言っていたし、オレも大袈裟だと思いながらも認識していた。
体育祭は、全校生徒が紅白の二チームに別れて戦う。
オレは紅組だから、応援するのは当然紅組だ。
森谷も同じ紅組だから、敵チームの誠人ではなく仲間の方を応援しろって事か。
「ちょっと待て!」
シロが言いたいのはそういう事なんだろうけど、それとこれとは話が全然違うだろ。
「元々、この話は誠人のやる気をっ……んーっ!?」
事の発端を叫ぼうとしたら、全部言い終わる前に森谷に口を塞がれた。
だってこれは、誠人に1500mを真面目に走らせよう、という企画だろ。
誠人がやる気になったんだからそれで目的は達成したんだし、オレが誰を応援しようと関係ない。
なのに、何で邪魔するんだよっ。
「と言う事なので、お引取りくださーい」
オレが森谷に捕えられているのをいい事に、シロは勝手に誠人と藤吾を追い払おうとする。
ちょっと待てって!
「んんっ!!」
「じっしてろよ、瀬口」
とりあえず、今のこの体勢が嫌でジタバタと暴れていると、森谷は困ったように笑いながら更に強く押さえてきやがった。
「瀬口が余計な事を言って、塚本がやる気を失くしたらどうするんだよ。せっかくその気になってるっていうのに」
小声でそっと、オレにだけ聞こえる音量でそう言った。
「瀬口が俺を応援なんかしたら、塚本は面白くないだろ。絶対にムキになって走るって。だから、お前は余計な事言うなよ」
この企みには途中参加のくせに、どうしてそんなに呑み込みが早いんだよ、森谷。
大体、誠人が一生懸命走った所で、お前には何のメリットもないんじゃ……?
「森谷」
威嚇するような低い声が聞こえたのとほぼ同時に、巻きついていた森谷の拘束が解けた。
あまりにも唐突だったので何が起こったのかと不思議に思って見ると、シロの作った見えない壁の向こうにいた筈の誠人が、森谷の腕を掴みあげている所だった。
「不愉快だから、お前は触るな」
どう好意的に考えても、明らかに怒っている声だった。
どうしよう。
いまだかつて、これほど露骨に誰かを牽制する塚本サンを見たことがありません。
森谷に関しては殴る蹴るの前科有りだから、少し心配だ。
いざとなったら、オレが止めに入らないと。
誠人は掴んだ森谷の腕を一度捻ってから、投げ捨てるように放した。
その反動で、オレのすぐ側にいた森谷が二、三歩ほど遠ざかる。
「ちょっとした打ち合わせをしてただけだよ。俺と瀬口は仲間だから」
森谷は掴まれていた腕を擦りながら、余計な事を言いやがった。
わざとだ。
わざとそんな言い方をして、誠人を挑発しやがった。
余計な事をするんじゃねぇよ。
「そうそう。これから俺たちは秘密会議だから、敵軍の諸君は早々にお引取りください」
またしても、シロがそう言って2人を追い払おうとする。
なーにが「秘密会議」だっ。
そんなもの、やるつもりなんて全くないクセに。
2年生になって、「誠人と同じクラスじゃなくて残念だなぁ」と思うことは何度もあったけど、今ほど強く思った事はない。
せめて、クラスメイトがもっと穏便な奴らだった良かったんだ。
どこか遠くの方で勝手に遊んでればいいのに、余計な事にオレを巻き込みやがって。
誠人とクラスが離れてしまったくらいで、なんでこんな目に会わなきゃいけないんだよっ。
シロに背中を押されて、教室から追い出されようとしている誠人の腕を掴む。
「瀬口?」
慌てて掴んだから思っていたより力が入ってしまい、その力の強さに誠人は少し驚いたようにオレを見た。
「ちょっと来い」
掴んだ腕をグイッと引っ張って、誠人の教室とは逆の方向に廊下を歩く。
「どこ行くんだよ、授業始まるぞ」
教室の出入り口から顔を出して訊くシロの声は無視だ。
このまま誠人を教室に帰らせる訳にはいかない、という一心で思わず手が出てしまっただけだから、あと2分で始まってしまう授業の事は、シロに言われるまで頭の片隅にも無かった。
だけど、注意されても、今のオレには授業なんてどうでもよかった。
正直、授業どころじゃない。
全く抵抗もせず、オレに引っ張られるがままになっている誠人を引き摺りながら、話をするのにどこか良い場所はないか考えていた。
そうだな、やっぱり屋上かな。
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