125 / 226
第118話 戦いの火蓋は切れていた -4
□ □ □
屋上へ続く階段を登りきった所で、4時限目の開始を告げる鐘が鳴った。
「開ける?」
恐らく、鍵がかかっているであろう屋上の扉を指して、強引に連れてこられた割には冷静な誠人が 訊く。
「いい」
そう言って、階段に腰を下ろした。
別に外に出ても良かったんだけど、鍵を開ける時間もまどろっこしく思えて。
こういうのは勢いだから、あまり時間を置きたくないんだよな。
「さっきの話なんだけど」
扉の前で立ったままでいる誠人を見上げて、早々に話を切り出した。
「なんで断らなかったんだよ」
「さっきの話って、1500m?」
確認されるまでもなく、その話だ。
「何をあんなに怒ってたのか知らないけど、勝てんのかよ」
今はそうでもないけど、教室にいる時はちょっと怒ってたよな。
シロと森谷が悪ノリした所為だ。
あんな言い方したら、いくら誠人でもムカッとくるって。
まぁ、だから勢いで承知しちゃったんだろうけど。
誠人は座っているオレに目線を合わせるように、階段を何段かゆっくりと降りた。
「『勝つ』って言ったの、信用してない?」
信用、してない訳じゃなくて、腑に落ちないだけ。
「その自信って、どっからくんの?」
「……さぁ?」
「さぁ、ってお前……」
オレは、賞品云々の話は誠人を真面目に走らせる囮だと知っているからこうして落ち着いていられるけど、それを全く知らないのに、こんな簡単に引き受けちゃう誠人の神経ってどうなんだ?
よっぽど自信があるのかと思ったら、そうでもなさそうだし。
結構、オレの事なんてどーでも良かったりして。
あ。
落ち込んでしまった。
あんなバカバカしい勝負に振り回されて、何やってんだよ、オレは。
つーか、お前もだ、誠人。
「瀬口?」
溜め息を吐いたまま黙ってしまったオレを心配したらしい誠人の手が、肩口に伸びてくる。
意識的に横に逸れて、手を避けた。
「触るな」
短時間に色々あって、頭の回転が間に合ってないカンジ。
嫉妬してくれているっぽいのは嬉しいんだけど、イマイチ喜べない。
今のオレって、誠人にとっては目の前にぶら下がるエサみたいじゃないか?
実際、そういう事なんだろうけど。
てか、あの勝負にオレのメリットが見当たらないし。
どっちが勝ってもオレって結局は物扱いだろ。
森谷が勝ってしまった場合の方が、扱いはまだ軽い気がする。
そりゃあ、誠人が勝ってくれるに越した事はないけど、なんか納得できないんだよな。
「オレを物扱いした罰だ。森谷に勝つまで、オレに触るの禁止」
勢いよく立ち上がって強い口調でそう告げると、誠人が珍しく困ったような表情を見せた。
こっちの気持ちも確かめないで、勝手に承知した誠人が悪い、とか考えてしまっている今のオレは、何だかとても好戦的な気分だ。
誠人と森谷の火花が、飛び火したのかもな。
だとしたら、早く消さないといけないと分かってるのに、思ったより火の回りは速かった。
「どーせ、勝つんだろ? ちょっとくらいオレに触らなくても我慢しろよ」
少し意地悪に言ったオレの言葉を、誠人はやや暗い面持ちで聞いていた。
「……長いな」
ポツリと落ちた誠人の言葉で、早くも鎮火の兆しが…。
言った側から後悔してるよ、オレ。
長い…かなぁ。
体育祭まで、あと1週間と2日。
長い、かもな。
やっぱ言わなきゃよかった。
でも、今更撤回なんかできる空気じゃなくなってる。
「瀬口」
「……何だよ」
こっちを見つめる視線に負けて、返事がぶっきらぼうになる。
ここはビシッと、毅然とした態度でオレが不愉快だという事を示さないといけない、のに。
「勝ったら、好きなだけ触るぞ」
「す!? ……きなだけ?」
オレの足は、一段ほど後退ってしまった。
好きなだけって……一体どれだけ触る気なんだよ、こいつはっ。
いつも結構好きなだけ触られてる気がするんだけど、あれは誠人の中では「好きなだけ」ってレベルじゃないのか?
まだ伸びしろがあるって事なのか!?
何度も言うようだが、オレなんかを触っても、面白くも柔らかくもないぞ。
「そのくらいの覚悟は、必要だろ?」
まるで、1週間以上の接触禁止を言い渡したオレへの当て付けのような言い方だった。
つまり、勝ったら今まで触れなかった鬱憤を、ここぞとばかりに発散します、って事か?
何でオレばっかり……。
そもそもの原因は、誠人にやる気が無いという事だった気がするぞ。
だというのに、誠人のこの意気込みは何だ?
藤吾やシロにも見せてやりたい。
今の誠人を見れば、あいつらもあんな勝負なんてバカバカしく思えるに違いない。
それもこれも、目の前のエサ(オレ)の所為だと言われたらそれまでだけど。
なにより、シロは完全に面白がってるし、森谷も乗り気だし、藤吾に至っては呆れて流されてるし、今更何を言ってもきっと無理だろうな。
でも。
「そこまで言うなら、カッコイイとこ見せろよ」
「勿論」
トップでゴールなんてしなくても、オレには十分なんだけどな。
ともだちにシェアしよう!