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第119話 そして全ては闇の彼方へ -1

 体育祭当日は、嫌味な程の晴天だった。  雨が降った所で順延になるだけで中止になんてならないんだから、さっさと終わらせてしまった方が気は楽と言えば楽なんだけどな。  これは気分の問題だから、どうにもならない。  やっぱり、午後の1500mが精神的に重いな。  アホみたいに口を開けて空を見ていたら、後ろから声を掛けられた。 「いい天気で良かったな、瀬口」  元気にそう言って笑うのは、朝でも相変らず可愛い彼織ちゃんだ。  ジャージだと、いつもの数倍は性別不明なので、気を抜くと本当に女の子がいるような錯覚に陥る。  そんな外見の藤堂なのに、今まで身の周りが平和なのは、やはり弓月さんのおかげなんだろうな。  弓月さんが一番危険という意見もあるけど、その一番危険な人が側にいるから、藤堂がどんなに可愛くても誰も手を出したりはしない。  オレには誠人がいるけど(さらりと言ってみた)、弓月さんほど恐れられてはいないからなぁ。  誠人の存在感が弓月さんに匹敵していたら、それはそれで問題だけど。 「午後から雨降らないかな」 「予報だと、今日は一日晴れるって」  ちょっと後ろ向きな発言をしてみたら、悪気無し笑顔で瞬殺された。  降水確率0%っていう予報なら、オレも見たよ。  朝から雨だったら順延だけど、午後から雨が降ったらきっと中止になる。  たとえ確率がゼロだとしても、今はそれに望みを掛けるしかない。  開会式はあっさりと終わった。  何人かが挨拶して、準備体操して、それで終わり。  「さっさと競技を始めましょう」って感じで早々に解散した。  で、オレはずっと誠人を探しているんだけど、まだ見つけられていない。  まさか今日も遅刻か?  それとも、欠席だったりして。  わざとじゃなくても、寝過ごしたり、日にち感覚がズレてたりしたら、欠席も十分ありえる。  誠人が休んだ場合、あの勝負はどうなるんだろ。  当然無効だよな。  元々、誠人をやる気にさせる為の勝負だったんだから、本人がいなかったら意味がない。  でも、なんとなく腑に落ちないのは……。 「逃げたな」  オレの背後に仁王立ちしてそう断言したのは、ややご立腹気味のシロだった。  実行委員専用の、遠くからでも一目で分かるような眩しい程の赤いTシャツを着ていた。  その横には、森谷もいる。 「俺の不戦勝か。意外に呆気なかったな」 「は?」  森谷のあっさりとした勝利宣言に、脳が凍りついた。 「だってそうだろ? 塚本は逃げたんだから、俺の勝ちー。賞品は俺のものー、って事で」  森谷の腕が、慣れなれしくオレの肩を抱く。  反射的にその腕から逃れて、森谷から離れた。 「誠人がいないんだったら、あんな勝負は無効だろ。それに、まだ逃げたって決まってないぞ」  あの遅刻常習犯に、「朝いなかったから今日はお休み」なんて常識は通用しない。  午前はいなくても、午後には平然と周囲に溶け込んでいるんだから。  そりゃあ、そのまま休みっていう日もない訳じゃないけど、今日だけは誠人は休まない。  オレにあれだけ言っておいて、逃げる訳がない。 「塚本さんのこと、信じてるんだねぇ」  感心しているようでいて馬鹿にしたようなシロの言い方は気に入らないけど、そういう事になってしまっているのがやたらと気恥ずかしくて何も言い返せない。  自分で漠然と思っている分には全然平気なのに、誰かに指摘されると穴があったら入りたいくらい照れる。 「うるさいなぁ」  信じて何が悪い。  って開き直っても、恥ずかしいことに変わりは無いよな。 「大体、森谷も何なんだよ」 「俺が何?」 「こんな勝負、浅野さんが聞いたら悲しむぞ」 「何でそこにあの人の名前が出てくるかなぁ」  切り札のつもりで出した卒業生の名前だったのに、森谷は苦笑しただけでサラリと流しやがった。  ただの八つ当たりくらいにしか思ってない態度だ。  確かに、浅野さんの名前を出したのはただの八つ当たりだけど、その名前を聞いても顔色一つ変えないのはちょっと可愛くない。 「それに、この勝負の事なら、あの人はもう知ってるよ」  切り札のつもりが、先手を打たれていた。 「頑張れーって応援されたよ」  それどころか、予想外な反応付き。  確かに、あの人ならそう言いそう。  イヤ……そんなに親しくないし、喋った事もほとんどないけど。  なんか、そんな感じ。  去年の3年生で、今年の春に卒業して、前に誠人と付き合っていた事があって、だけど去年の文化祭の辺りでは森谷に告白した人。  浅野さんについて、オレが知っているのはその程度だ。  気さくで、良いお兄さんって感じの人だった。  告白された時の森谷は物凄く嫌がっていたけど、浅野さんが卒業するまでに何回か普通に話しをしている所を見たことあるし、今でも連絡を取り合っているらしい。  何か進展があったんじゃないか、って思ってしまうのは考えすぎだろうか。 「それで、素直に頑張るんだ?」 「俺も男だしね」  森谷はフッと気が抜けたように笑った。  どういう意味だろう。 「いくら晴樹が頑張るーって言っても、対戦相手がいないんじゃなぁ…」  不満そうにそう呟くのは、当然シロだ。  対戦相手がいないって、まだそうと決まってないだろ。  誠人のことだから、これから来る可能性の方が高いんだからな。  って言ってやりたいけど、言わない。  二度も同じ冷やかしに晒されて堪るかっ。 「こんな所で遊んでんなよ、シロ。本部でお前の事探してたぞ」  呆れまくったような声で放送部員のシロを呼ぶのは、実行委員の藤吾だ。 「ああ、もうそんな時間か」  腕時計を見て実に残念そうに呟く。  思ったよりオレをからかえなくて残念、って意味に聞こえたのは被害妄想か? 「俺はもう行くけど、塚本さんが来てもちゃんと晴樹の応援するんだぞ」  明らかにオレに向けた一言だった。  悔しいから返事もしないでいたら、数歩向こうに行きかけたシロがわざわざ戻ってきてオレの頭を思いっきり掴みやがった。 「分かったのか?」 「分かったから、放せっ!」  ヤケになって答えたら、シロは「よし」と満足気に笑って去って行った。  シロが何をしたいのかさっぱり分からない。  自分とは関係ない事で、どうしてそんなにやる気になれるんだか。 「あいつ、思いっきり遊んでるよな」  ボツリと落ちた藤吾の呟きは、今まさにオレが考えていたのと同じだった。 「やっぱりそう思うか?」 「思う、思う。滅茶苦茶楽しそうだし」 「だよな」  藤吾もこの勝負の仕掛け人だけど、他の奴らほど乗り気じゃない(むしろ引き気味)し、感覚も周りに比べてまともだから話が通じやすくて会話が楽だ。 「まぁ、そう言うなよ、シロはシロなりに色々考えてるんだからさ」  苦笑気味にそう言った内容に全く説得力がないのは森谷だ。  何が「色々考えてる」だ。  色々楽しんでる、の間違いだろ。 「考えてるって、何をだよ」 「だから、色々」  こいつ、自分から言い出しておいて、はぐらかしやがった。  答える気もないんだったら、思わせぶりな発言をするなよな。 「じゃ、俺はそろそろ最初の競技に行ってくるよ」  森谷は首に掛けたハチマキを解きながらそう言って踵を返した。  森谷の最初の競技って、確か400m走だったかな。  オレと一緒に騎馬戦にも出るし、午後からは件の1500m走だろ。  走るの好きだよな。  さすがバスケ部だけあって、体力が凄い。  こんなのと勝負するって言う誠人の気が知れない。  あれだけ言ったんだから、自信があるんだろうけどな。  って、それもこれも、誠人が来なきゃどうしようも無いだろ。  シロや森谷はあんな事を言ってたけど、またふざけて面白がってるだけだよな。  もし誠人が来なかったら、ちゃんと無効になるよな。  勝つかどうかって事よりも、競技までに来るのかどうかって方が心配だなんて、こんな所までズレなくてもいいだろ。  らしいと言えばらしいのかもしれないけど、オレの身にもなれよな。  いのままだと、「勝つ」って言ったのも信用できなくなるじゃないか。

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