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第123話 擦れ違うだけでも -1

 扉を開けてみた所で、そこは何の変哲もない至って普通の屋上だった。  劇的な何かを期待していた訳でもないけど、あまりにも普通すぎて気が抜けた。  一面灰色のコンクリートも、落下防止のフェンスも、そこから見える風景も。  見事に想像していた通りすぎ。  まぁ、学校の屋上なんて、みんな似たようなものなんだろうけどな。 「あ」  唯一予想外だったのは、先客がいた事だ。  立ち入り禁止とは言え、鍵が開いていたのだから誰かがいてもおかしくは無い。  だけど、あまりにも屋上に溶け込んでいるから、ちょっと風変わりな置物かと思ってビックリした。  その先客は、フェンスに寄りかかって目を閉じていた。  寝ているのか?  ここからだとよく分からないけど、制服を着ているので生徒なのは間違いない。  よく見ると、知っている奴だった。  一歳年上の同級生、塚本だ。  こんな所で何やってんだ、あいつ。  サボリか?  って、今は昼休みなんだから別にいいのか。  今まで塚本と森谷の話をしていた所為か、少し後ろめたい。  そんな話をしていたなんて、塚本は知らないけど、内容が内容だからな。  自分の好きな子の話を、知らない所で勝手にされていたなんて知ったら嫌だろうな。  そのまま帰ってしまってもよかったけど、せっかくなので屋上に足を踏み入れてみることにした。  特に目立った目標物もないので、とりあえずご休憩中の塚本を目指してみる。  オレに気づいていないのか、ピクリとも動かない。  やはり寝ているようだ。  少し距離を置いて隣に立つ。  フェンスに手を掛けて、そこから見える風景をぼんやりと瞳に映していた。  実を言うと、眼下に見える小さな生徒達の行動より、隣で眠っている塚本の存在が気になっている。  風に靡く髪を横目で見て、訳もなく鼓動が速くなった。  「まさか、来るとは思わなかった」  目を閉じてフェンスに寄り掛かったままの体勢から、突然塚本がそう言った。 「起きてたのかよっ!?」  驚いた勢いで2、3歩後退ってしまった。  びっくりした。  こいつ、寝ているとばかり思っていたら、オレがここにいる事に気づいていたのかよ。  て事は、狸寝入り?  一体何のために!? 「今、起きた」  やる気のない声音でそう言って、塚本はゆっくりとした動きで大きく伸びをした。 「悪かったな、昼寝の邪魔して」 「悪くない」  嫌味っぽく言ってみたのに、気の抜けるような受け答えが返ってきた。 「瀬口」 「……何だよ」  当たり前のようにオレの名前を呼ぶのが、少し妙な感じがした。  やっぱりオレを知ってるんだなぁ、って。  それを言うなら他の奴もそうなんだけど、この塚本の場合は他の奴らとはちょっと違う感じがする。 「授業は?」 「出たよ、ちゃんと。今は昼休みだろ」 「そうか。もう、昼か」  額に手を当てながら気だるそうにそう呟くから、ちょっとした疑問が浮かんでしまった。 「お前、一体いつからここで寝てんだよ」  どう見ても、昼休みになってからここに来て寝始めたとは思えない。 「学校に来てから、ずっと」 「それって、朝からって事?」 「朝と言えば、朝だな」  まだ寝ぼけているのか、言ってる事が不思議な奴だ。  なんかテンポが狂う。  何だか妙に脱力感を覚えて、ズルズルと塚本の隣に腰を下ろした。 「いつもここで寝てんの?」 「大抵は」 「寝難くない?」 「慣れた」  ローテンポながらも、オレの質問にはちゃんと答えてくれる。  やる気がないクセに律儀な奴。 「こんな所でずっと寝てるなんて、何しに学校来てるんだよ」  ふと視線を向けると、塚本もこちらを見ていた。  目が合う事ほんの数秒。  不意に塚本がクスリと笑った。  どう好意的に考えても、オレを見て笑ったとしか思えない。 「何だよ」 「いや」 「今、笑っただろ」 「ごめん」  別に謝ってほしい訳じゃなかったのに、そんな風に言われると文句を言う気も失せる。  こいつと話をしていると、どんどん力が抜けていくよな。  塚本のペースに巻き込まれている感じ。  記憶が無くなる前も、オレとこいつはこんな風だったのかな。 「でも、確かに、ここは気持ちいいな」  教室で寝るのとは違って、屋上は開放感がある。  ここを昼寝の場所に選んだ気持ちは、分からないでもない。  グーッと伸びをして、空を仰いで目を閉じた。  程よい日差しと風が気持ちいい。  このままだと、本当に眠ってしまいそうだ。 「瀬口」  いい気分になりかけたのに、塚本に呼び戻された。 「何?」 「ここで寝たら、危ない」  危ないって、何が?  ここは何の変哲もない学校の屋上であって、深夜の公園でも、繁華街でもない。  こんな平和な場所で起こる危険なんて、わざわざ忠告する程の事じゃないと思うんだけど。 「風邪ひくって事?」 「それもだけど、もっと別の事も」  別の事って何だろ。  まさか、空から槍でも降ってくる訳じゃあるまいし。 「そんなに無防備になられたら、襲わない自信がない」  ……は?  今、何て……? 「オ、オレを襲っても、別に金とか全然持ってないし」  咄嗟に思いついたのは、カツアゲ。  このやる気の全く感じられない塚本にそんな芸当ができるのかは不明だけど、それ以外の危険は 思いつかなかった。 「そういう意味じゃなくて」  だけど、オレが唯一思いついた可能性は塚本に否定されてしまった。  違うっていうなら、どういう意味でだよ。 「犯すって事」  思っていたより早く、答えが分かった。  分かった所で、何の解決にもならなかったけど。

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