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第125話 同じものが得られるとは限らない -1

「あの、大丈夫ですか?」  どれくらい屋上の扉の前で呆然と座り込んでいたのか、自分でもはっきりと分からない。  誰かに声を掛けられるまで放心状態だったのは確か。 「え? ああ……」  へたり込んだ状態から何とか立ち上がって、声を掛けてくれたのが1年生らしいという事が辛うじて認識できた。  オレと同じくらいの目線の1年生は、オレの様子を観察して少し首を傾げている。  その顔を見た途端、頭がズキンと悲鳴を上げた。  可愛いカンジの子で、藤堂ほどではないけど女の子に間違われても納得できる印象だ。  当然、見覚えはない。  なのに、どうしてこんなに胸騒ぎがするんだろう。  無くなってしまった記憶のどこかで会っているのだろうか。 「屋上で何かありました?」  訊かれて、ボンッと心拍数が上がった。  たった今の、屋上での嘘のような出来事が鮮明に頭を駆け抜けていく。  クラクラと眩暈がして、再びその場に倒れこみそうになるのを必死で耐える。 「何でもない。大丈夫! ありがとう」  比較的早く持ち直し、逃げるようにその場を後にした。  ガンガンと響く頭痛が邪魔して、周りが見え難くなっている。  眩暈も、頭痛も、全部あいつの所為だ。  途中、階段から転げ落ちそうになりながらも、何とか教室まで辿り着けた。  何なんだよ、あいつ!  一体何なんだよ!?  おかしい!  絶対におかしい!!  まだ、普通にキスされた方がマシだ。  それもどうかと思うけど、あんな舐め回すみたいなのよりは……って、思い出すな!  思い返すだけで、脳みそがグチャグチャになりそうだ。 「随分と早く戻ってきたな」  席に座って頭を抱えるオレの隣に立ったのは、先ほど不可解な行動を取った森谷だ。 「今日はもう、戻ってこないかと思ったのに」 「どういう意味だよ」  さっきの塚本に受けた衝撃の余韻で、潰れたような声しか出なかった。 「つーか、顔真っ赤だぞ。屋上でナニやってんだよ」 「何もしてねぇーよ!!」  いきなり図星をつかれて思いっきり動揺してしまった。  あいつに一方的にされた事なのに、何でこんなに後ろめたいんだ。 「あ」  大声を出して立ち上がった拍子に、机の横に掛けていた鞄がドサリと落ちて中身が飛び出して しまった。 「本っ当に分かりやすいよな、瀬口は」 「どういう意味だよ」  飛び出してしまった物を掻き集めているうちに、妙な物を手に取ってしまった。  黒いペンで「賞品」って書いてあるけど、何の賞品だ?  と言うか、何だこれ?  って、これってもしかして……? 「あー、それ。まだ持ってたんだ」  手に持ったまま考えていると、やけに楽しそうなシロの声がした。 「賞品のコンドーム。まだ使ってなかったんだな。偉い、偉い」  笑いながら、何故か頭を撫でられた。 「そんな真面目な子には、0.01mmもあげよう」  と、何処からともなく取り出した別の包みを渡してきた。  何故そんなものがすぐ出てくるんだ。 「いらねぇよ」 「まぁまぁ、そう言わず」  強引に制服のブレザーのポケットに入れられてしまった。  何なんだよ、こいつは。  ゴムを配り歩くのが趣味なのか?  この「賞品」と書かれたやつも、そういう物なのかな。  一体、どういう曰くのある物なんだろう。 「これ、シロの?」 「なっちゃんの」 「オレ!?」  今程、記憶が無いという状況が怖いと思った事はない。  オレにこういう物を必要とする事態があるって事か?  全然気にしてなかったけど、もしかして、彼女がいたりするのか?  それにしては、「賞品」という文字がかなり気になるけど。 「さっき言ってただろ。体育祭で晴樹と塚本さんが勝負しててさ。勝った方はなっちゃんとそれを使える、というオプションが付いてたんだよ」 「はぁ!?」  大袈裟に驚いてみたものの、シロの言う事の半分以上は理解できなかった。  そんなオレを置き去りにして、シロと森谷は話を続ける。 「塚本さん、大穴だったら頑張って欲しかったんだけど、結局棄権しちゃってこっちの思惑が見事に大ハズレでさ。やっぱ裏工作なんてするもんじゃないね」 「やっぱり、賭けてたんだな。体育祭で賭博なんて、健全じゃねぇよな」 「これが結構伝統なんだって。元締めは生徒会だし」  さらりと凄い事を言ってるのはこの際聞かなかったことにして、今はもっと重要な事を確かめないと。 「おい!」  体育祭賭博の話題で盛り上がる2人を強引に止めて、こっちに注目させる。 「今の話、どういう事だよ」 「どうって?」 「何でコレを、オレと塚本や森谷と使わなきゃいけないんだ?」 「せーぐち。こういう物を振り回すんじゃねぇよ」  森谷が賞品を持つオレの手を掴む。 「それに、これはただのシャレだ。少なくとも俺は、勝っても使う気なんて無かったし」 「当たり前だ!」  そんな事、改めて言われなくても分かってる。  大体、男ばっかでこんな物をどうやって使うんだよ。  それに、体育祭での勝負には塚本と森谷の好きな子を賭けてたんだろ?  オレは全然関係ないだろっ。 「んな事言って、まんざらでもなかったクセにー」  オレの事は完全無視して、茶化すような口調で森谷にそう言うのはシロだ。  森谷は、肩に置かれたシロの手を邪魔そうに払って睨んだ。 「俺はともかく、塚本は本気だっただろうけどな」  ちょっとムッとしたように言う森谷が、こちらをちらりと見た。  それ、どういう意味だよ。 「そりゃあ、塚本さんはそうだろよ。なんてったって、なっちゃんを愛してるから」  シロが森谷の言葉に、実に楽しそうに同意する。  話に全くついていけてないオレは、2人の会話をポカンと聞いているだけで精一杯だ。  えっと…今のはどこまでが冗談なんだ?  塚本って、さっき屋上にいた塚本だよな。  他に「塚本」って名前の奴は今の所知らない。  あいつがオレを……?  ヤバイ。  さっきの事を思い出して心臓がドキドキしてきた。  あいつの言動と、今のシロのセリフの合せ技でかなりヤバイ。  と言うか、恥ずかしい。 「どした?」  再び赤くなってしまった顔を隠すように俯いたら、シロに覗き込まれた。 「照れてんの?」 「違うっ」  どうしてオレが照れなきゃいけないんだよ。  でも、口では否定していても、大声で叫び出しそうになる程動揺しまくっている。 「凄いな。忘れてても憶えてるんだぁ」  シロの訳の分からない日本語も遠くに聞こえる。 「さすが、恋人同士は違うね」 「……は?」  感心しきったようなシロの一言が脳天に直撃した。  眩暈を起こしそうな動悸にも勝る、衝撃的な言葉。 「あれ? 誰からも聞いてなかった? なっちゃんが塚本さんと付き合ってるって事」 「付き合ってる!?」  オレと、塚本が!?  そんな馬鹿な事がある筈がない!  だって、オレも塚本も男だぞ。  無理だろ。  あり得ないだろ。  絶っ対におかしいだろ! 「だって、お、男……!」  一刻も早く否定して欲しい一心で必死に口を開くけど、パクパクするだけで何も伝えられない。 「だーいじょうぶ。なっちゃんカワイイから」  心にも無い事を抜かすシロの笑顔が胡散臭い。  大体、そんなの理由になってないだろ。 「どっ、どこまでが嘘?」 「全部本当」  救いを求めて森谷を見ても頷くだけで、オレの望む展開にしてくれる気はないらしい。  本当に本当なのか?  オレが男と付き合っていたって。  しかも、相手があの塚本だって。  それを踏まえてさっきの屋上でも出来事を思い出すと、背筋がゾクッとなる。  だってあれ…つまりはオレをそういう目で見ていたって事だろ?  一体オレのどこを見て、そういう気になれるんだ!?  変だ。  オレをそういう対象にできる塚本も、それをあっさり受け入れちゃう森谷とシロも、かなり変だ。  それから、塚本と付き合っていたというオレも。  高校に入学してからのオレに、一体何が起こったんだ!?  1年分の記憶、思い出したくなくなってきたぞ。  男と付き合っていたなんて、マジでキツイって、オレ。  そんな記憶なら、一生思い出さなくてもいいかもな!

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