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第130話 逃げるか追うかは自分次第 -4

 何だ!? その言い草はっ!  自分が憶えてるから、オレはもういい!?  オレはもう用済みって事か!?  何かよく分からないけど、ムカムカしてきた。 「もういいって何だよ」  掴みかかりそうになる気持ちを抑えて、できるだけ冷静に口を開く。  だけど、やっぱりダメだ。  ムカムカとかイライラとか通り越して段々バカバカしくなってきたけど、どうしても抑えきれない。 「『ずっと憶えてる』??? オレが忘れても塚本が憶えてて、それをずっーと後生大事に抱えてるから、だからオレはもう必要ないって事か!?」  あまりにも勢いよく言葉が飛び出てくるから、塚本は驚いたような顔でこっちを見ている。  オレもビックリしてるけど、でも今更止まらない。 「そーいうの気持ち悪ぃんだよ」  塚本は、オレの知らないオレを知っている。  気持ち悪いというよりは、腹立たしい。  どうしてそんな突き放すような言い方をするんだよ。  教えてくれればいいのに。  塚本の前でオレはどんな風だったのかとか、2人でどんな話をしていたのかとか。  どちらかと言えば知りたくない比率のが高いけど、本当に付き合っていたなら、オレが黙ってても近寄ってくるもんじゃないのかよ。  オレの勝手な自惚れか?  それとも、そういう事も忘れてしまったオレは、塚本にバッサリと切り捨てられてしまったのだろうか。  こいつにとって、オレはその程度の存在だったという事か。  だとしたら、これ以上オレが何かを言う意味はない。  オレも塚本も、お互いがいなくても何の不都合もないのだから。  それでも言わずにはいられないのは、引き下がれないくらい熱くなってしまったから。  自分でも戸惑うくらい、塚本の言葉にショックを受けている。  哀しくて寂しくて、叫ばずにはいられなかった。 「大体、触るなって言われたから触れないとか、自分が憶えてるからオレは思い出さなくてもいいとか、お前って本っ当に面倒くさい上に鬱陶しい奴だよな。減るもんじゃあるまいし、触りたいなら好きなだけ触ればいいだろっ!」  遠慮気味に部室の入り口付近にいたオレだったけど、呆然とした様子の塚本の目の前までズカズカと踏み入った。  そして、手加減なしに腕を掴んでやった。 「触れないって言うんだったら、オレが触ったら逃げるのか?」  ジッと目を見たら、動揺しているのが分かる。  答えなんか期待していない。  だから待たない。 「そんな事気にしてる暇があるんだったらさ、もう一度オレを惚れさせてみろよ!」  憶えているとか憶えてないとか、そんなのどうでもいいだろ。  オレたちが、嘘でも冗談でもなく本当に好きで付き合っていたなら、そのくらいの気概を見せてくれてもいいんじゃないのか。  塚本を見ていると、意識しているオレがバカみたいに思えてくる。  忘れたのはオレの方なのに、塚本の方がオレなんかいなくても全然平気に見える。  何でか分からないけど、それが無性に悔しくて苦しくて、どうしたらいいのか分からなくなるんだ。  誰か嘘だと言ってくれ、って思ってた筈なのに。  冗談だろ、って。  絶対にありえない! って。  今でもそう思ってるよ。  だけど、塚本がオレを好きじゃないって思うのが辛くて、辛くて…。 「瀬口」  やたらと至近距離から聞こえる塚本の声で我に返った。  耳元に吐息を感じてビクッとなって、慌てて逃げ出そうとした所を見事に捕まった。  さっきまではオレが塚本の腕を掴んでいた筈なのに、今は完全に立場が逆転している。  マズイぞ、これは。  ドサクサとは言え、凄い事言わなかったか、オレ。  今になって顔が火を噴くほど恥ずかしい。  早く塚本から逃げないと、人体発火現象を引き起こしそうだ。 「ゴメン、今の無し!」 「聞こえない」  必死の訂正も、塚本にあっさり退けられる。  嘘だ!  絶っ対に聞こえてる。  聞こえない筈がない! 「ずっと、瀬口に触れたかった」  後ろから抱き締めながらそういう事を言うなっ!  恥ずかしくて体温が異常に上がる。  心臓が動きすぎて死ぬ。  もう一度言うが、オレをすっぽり包み込む塚本は、上半身には何も着ていない。  オレは制服を着ているから直に肌が触れてる訳じゃないけど、たった布一枚分でも縮まった距離は馬鹿にできない。  近すぎて眩暈がする。  バタバタと暴れて、壁際に並んでいるロッカーまで何とか避難する事に成功した。  オレがへばり付くと、年代物のロッカーが派手な音を立てながらも迎えいれてくれた。  ロッカーに押し当てた背中がひんやりとして、今までの異常な火照りを実感する。  指一本触れてこなかったクセに、オレがああ言った途端に抱き締め攻撃だなんて、一体どんな性格してんだよ。 「ほっ、本気にするなよ。ちょっと口が滑っただけだから」  動悸が邪魔して、自分の声も聞こえづらい。  カタカタという不思議な音がどこからしていたけど、今はそれ所じゃなかった。 「オレが言いたいのは、そういう事じゃなくて……」 「瀬口!!」  必死に言い訳を考えていると、突然塚本が叫びながらこっちに向かってきた。  避ける間もなく、身体ごと捕まえられて視界がグルリと回る。  偶然目に飛び込んできたのは、ロッカーの上からこちらを目掛けてダイブしてくる大きなダンボール箱と、その中に詰まっていた荷物たち。  それらがドサドサと床に降り積もっていくのより少し早く、オレの体も床に倒れ込んでいた。

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