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第134話 一歩くらいは前進したと思いたい -2

 事あるごとに人を引っ張ってきては無駄な話しかしないし。  いちいち付き合っていられない。 「まぁまぁ、ジュース一本分くらいいいだろ?」  帰ろうとしたオレを、すぐ傍にいた黒見が引き止める。 「塚本も、少しくらい良いよな」  誠人は返事をするより先に、手にコーヒー牛乳を握らされていた。  ジュース一本分くらいここにいる気なのかよ。 「それ、好きだよな」  じとっとした視線と恨めしい口調で言うと、誠人はこっちを見て少し微笑った ようだった。 「オレは帰る」  オレよりも友達(と一括りにしてしまうには少し躊躇う面子だけど)を優先するなら、好きにすればいい。  ……嫌な奴だな、オレ。  誠人がオレを選ぶのは当然だと思って歩き出している。  そうじゃない可能性だって十分あるのに。  だけど、足はもう止まらないし、振り向くこともできない。  いつも後悔するのに、いつも同じ事をしてしまう。  心が狭いよな。  自分から、一緒にいる時間を削ってしまった。  何やってるんだろ。 「瀬口の方が好きだよ」  学食を出た所で、唐突に後ろから腕を掴まれたと思ったら、そんな言葉が降ってきた。  見上げると、誠人と目が合った。 「はぁ!?」 「これよりも」  と、手に持ったコーヒー牛乳を見せる。  倒置法か。 「……当たり前だ」  すっかり脱力しまくった状態で、思わず強気の言葉を投げつけていた。  飲み物に負けてられるか。  と言うか、比べるなよ。 「気にしてる?」 「何が?」  こっちの状態に構うことなく相変らず主語のない質問をしてくるから、ちょっと不機嫌に聞き返してやった。 「拗ねてる」 「何でだよ」  少しムキになって言いながら、さっきの将孝の言葉を思い出して、拗ねているのはお前だろ、と思っていた。 「オレは別に……」 「俺が」  誠人の言葉は、オレの言い訳を見事に遮った。 「独占欲が、強いから」  他人事のようにぽつりと呟いた。  誠人の独占欲が強いと言いたいのだろうか? 「そんな事ないだろ」 「ある」 「……オレより?」 「全然」 「そうかなぁ」  と言いながら、色々思い当たる節を回想していた。  常識の範疇だと思うけどなぁ。  むしろ、オレの方が強いような。 「多分、瀬口に捨てられたら、生きていけない」  かなりドキッとする告白だった。  声も表情も真剣だったから。 「そんな、大袈裟な」  そもそも、「捨てる」って響きが良くない。 「オレが悪い奴みたいだろーが」 「ん?」 「何でもない」  嫌な奴である自覚はあるけど、誠人を捨てるなんて事は想像もつかない。  そんな事を言い出すなんて、こいつはオレに捨てられるかも、なんて思っていたりするのか?  オレってそんな風に見られてる?  心外だな。  でも……オレも人の事言えないか。  そういう後ろ向きな事は、結構考えるよな。  みんな同じことを考えるんだよな。  この誠人も例外ではなかったって事か。  何だか無性に頬が緩む。 「瀬口?」  ニヤけたオレの顔を見た誠人の表情はちょっと怪訝。 「ごめん。ちょっとカワイイって思った」 「カワイイ……?」  誠人の表情が更に曇る。  恐らく、この塚本誠人にカワイイなんて言った人間はオレが最初だろう。  言われ慣れていないから、反応に困っている。  いつも言われているお返しだ。  と、ちょっと調子に乗っていられたのも、ほんの数秒だけ。  真顔に戻った誠人が「ああ」と気づいて口を開く。 「瀬口が?」 「誠人が!」  恐ろしいほどに、全く伝わっていなかった。  自分で言う訳がないだろ! 「カワイイ?」 「ちょっと、な」  今はそうでもないけど。  投げ槍にそう答えてやると、誠人は持て余し気味に首を傾げた。  さぞかし不満だろう、と顔を覗き込んでみると、こっちを見て薄く笑った。 「瀬口には、敵わない」  薄々予想はしていたけど、やっぱりそうくるか。  こいつは、何をどうしてもそこに持っていきたいらしい。  だったら、もうそれでいいや。  恥ずかしくて顔を逸らして歩く速度を上げても、振り切れないし振り切るつもりもない。 「ごめん」 「何で謝るんだよ」 「怒らせたと、思ったから」 「怒ってるんじゃなくて、恥ずかしいんだよ!」 「それなら、良かった」 「良くない!」 「ごめん」  こいつ、絶対に楽しんでる。  そうじゃなかったら、オレの話を全く聞いてない。  謝ってほしいんじゃないだ。  オレが凄く恥ずかしいのは、オレがこれっぽっちも可愛くないって事以上に、誠人が他にそういうことを言うのを聞いた事がなくて、つまりオレにしか言わないって事で、それって本当にそう思っているんじゃないかって考えるとドキドキしてしまうからだ。  見境無く言えってことじゃなくて、オレにしか言わないっていうのが物凄く重要で。  簡単に言えば、物凄く嬉しいんだ。  恥ずかしくてドキドキしてつい怒ったような感じになってしまうけど、本当にどうしようもなく嬉しくて、そう思ってしまう自分がまた恥ずかしい。  喜んでいるって知られなくないけど、きっとバレてる。  だから誠人は楽しそうなんだ。  オレは、この状態を楽しめるほど素直じゃない。  誠人が楽しそうなら、それはそれでいいんだけどな。  ずっと隣を並んで歩いてくれる誠人を感じながら、やっぱり独占欲はオレの方が強いんじゃないかと考えていた。  誠人がこういう表情を見せるのは、オレの前だけでいいっていう感情が強いのは、そういう事なんだと思うから。

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