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第135話 本物には敵わない -1

 校内の廊下を歩いていると、とある一角に人が集まっていた。  何事かと思い近寄ってみると、どうやら体育祭の写真が張り出されているようだった。  体育祭や文化祭などの学校行事の後には写真部が撮った写真が張り出され、希望者はそれを買うことができる。  写真にはそれぞれ番号が振ってあって、写真部の用意した購入用紙に欲しい番号を書いて頼んでおくと、後日焼き増しされた写真が手元に届くという仕組みだ。  自分が写っていなくても、好きな人(多分広い意味で)の写真を買うとか、結構あるらしい。  体育祭かぁ……。 「なっちゃんはこういうのには興味ないのか?」  何だか複雑な気分になってしまったので、そのまま通り過ぎようとしたら呼び止められた。  声のした方を見やると、少し残念そうな顔のシロが立っていた。  そう言うシロは、こういうの好きそうだよな。  手には購入用紙を当然のように持っている。 「興味ないって訳じゃないけど……」 「そっかそっか、途中から記憶喪失になっちゃったからなぁ」  わざとらしい言い方にちょっとイラっとなる。  こいつ、分かっていながら、わざとだな。 「分かってんなら、わざわざ呼び止めるなよ」  シロの言う通り、今年の体育祭は賞品にされたり記憶喪失になったりと、あまり良い思い出がない。  つーか、午後からの記憶ないし。  写真なんて見ても全然楽しくないと思うんだよな。 「ちょっとくらいは見てけば? 塚本さんも写ってるよん」  そんな一言で、ピクリと食指が動いてしまった自分がちょっと恥ずかしい。  今までの考えが、いとも簡単にひっくり返ってしまった。 「……ふーん」 「素っ気無い振りしたってバレバレ」 「うるさいな」  ケラケラと笑うシロを睨んでから、掲示されている写真を人の隙間から覗いた。  写真はかなりの量で、この中から目当ての写真を探すのは一苦労だ。 「もっと楽な探し方教えてあげようか?」  人を掻き分けるのに苦労しているオレに、誰かがそう囁いた。  一瞬シロかと思ったけど、声が違うし、振り向くと顔も全く違う奴だった。  生徒には違いないけど、見た事のない奴だ。  それなのに馴れ馴れしいのは何故だ? 「良かったな、なっちゃん。(りょう)くんが写真見せてくれるって」  オレの頭に「?」が浮かんでいるのなんて全くお構いなしに、シロは嬉々とした反応でそいつの申し出を受け入れている。 「りょうくん?」 「もしかして、初対面?」  警戒しまくりのオレの様子を見て、シロがオレたちを交互に見ながら訊いた。  もしかしなくても初対面だ。 「じゃあ、一応しとく? 自己紹介」 「別にいいだろ、そんなの」  シロの提案を一笑したその人物は、手に持っていたファイルのようなものを差し出した。  受け取ると、それは思っていたよりずっしりとしていた。 「あそこに貼ってある写真と同じものが、ここに全部あるから」 「え?」  慌てて受け取ったものを捲ってみると、確かにぎっしりと写真が並んでいる。  俗に言うアルバム的なやつだ。 「ゆっくり見るといい。放課後までに、写真部の部室に持ってきてくれればいいから」 「写真部?」 「そう。場所は……」 「俺、知ってるから大丈夫」  説明しようとしてくれているのを遮って、シロが張り切って手を上げた。  どうしてお前が手を上げるんだ。 「だったら、シロに預けてくれればいいや」 「了解」  シロが元気よく言うと、その人は人混みに消えて行ってしまった。  何者なのか全く分からなかったけど、会話の内容から考えると写真部の人なのかな? 「今のは野坂諒(のさかりょう)って言って、話で大体分かったと思うけど写真部の奴なんだ」 「やっぱり」  勘と言うほど立派なものじゃないけど、当たったら少し嬉しい。  まぁ、あの会話で写真部じゃないって方が驚くけどな。 「基本的にいい奴なんだけど、ちょっと変わった所があってなぁ」 「変わった所?」 「俺が言うのもなんだけど、マゾっぽい」 「……え?」  あまりにも予想外の変わった所を聞かされて、思いっきり引いてしまった。  野坂って人にじゃなくて、そんな事を言い出すシロに対して。  そんな情報、普通言うか!?  こいつ、本人のいない所で言いたい放題だよな。 「あんまり困らせると気に入られちゃうから気をつけてね、なっちゃん」 「いや、大丈夫でしょ」  それほど親しくも無い人を、困らせる必要なんてないんだから。  と、言ってから、手に持っているものが気になった。 「でも、こんなの借りちゃって、写真部の人は困らないのかな」  ふと、手元のアルバムを見て呟いた。  放課後までに返すとはいえ、大事なものなんじゃないのかな。 「それは大丈夫だと思うよ。それって、元々そういう用途のものだろうから」 「そういう用途って?」 「人を掻き分けてまでして写真を選んで買うのが面倒な人に渡すカタログって感じ? 写真が売れればそれだけ写真部も潤うし、できるだけ多くの人に買ってもらいたいんだよ」  そういう事なのか。  だったら、遠慮なく見させてもらおうかな。 「でも、本当に諒くんと初対面?」 「何で?」 「諒くんって、全然知らない奴に話し掛けるような人じゃないと思ってたんだけどなぁ」 「商魂が働いたんじゃないのか?」  今のシロの話を聞けば、体育祭の写真に興味のなかったオレを見つけた写真部としては当然という発想にもなるけど。  そうじゃないのかな。 「それならそれでいいんだけど」  何となく腑に落ちていない様子だ。  オレとしては、そもそも諒くんという人を知らないから、シロの疑問自体が分からない。

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