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第136話 本物には敵わない -2

□ □ □ 「出てたのが午前だけって言っても、なっちゃんもそこそこ写ってたと思うよ」  教室に戻ってから広げたアルバムを見ながら、シロが言う。 「こことか、こことか」  次々に指されても、こっちの目が付いていかない。  何しろ、オレが写っているといっても、一目で分かるワンショットなんてものじゃなくて、その他大勢の一部として納まっているものばかりだから。  と言うか、どうしてシロはそんなに人のことを憶えていられるんだか。 「そうそう、塚本さんは……」  またしても、そんな他愛も無い一言に反応してしまう自分がいる。  単純すぎる。  どーせ、誠人だってその他大勢に決まっているだろうに。 「ほら、ここ」  と、シロが指した先には、まるで狙って撮ったような見事な誠人の姿があった。  しかも、1年生とのツーショット。  応援席で2人が何やら親しそうに話をしている光景だ。  むしろ、これは一緒に写っている1年生の方がメインっぽいな。  それにしても気になる1枚だ。 「それから……」 「あのさ、この1年生知ってる?」  次の写真を指そうとしていたシロを遮って訊く。  やたらと顔の広いシロなら知っているかもしれない。 「知ってるよ。確か有島《ありしま》って奴」  言いながら、アルバムをパラパラと捲りだした。  さすが、顔が広い。 「今年のミスコン優勝候補って話はよく聞く」 「そうなのか!?」 「顔が可愛い系で背もちっさいからねぇ。ほら」  と、シロが見せてくれたのは、有島という1年生が1人で写っている写真だった。  特定の誰かを狙ったワンショットというのは珍しいけど、人気のある人だと、結構そういう事もあると聞いた。  昨年だったら、生徒会長だった綾部さんとか、ミスコン優勝経験者の渡部先輩とか。  特に綾部さんは、他校生に頼まれて購入するという生徒が多かったという噂だ。    そして、1人で写っているものがあるという事は、この子にもそういう需要があるのだろう。  確かに、分かる気はする。  ただ何故か、この1年生を見ると不愉快な気分になる。  誠人と2人で写っている写真がある所為か? 「つっても、カオリちゃんを見慣れてしまうと、それ程でもないよな」  本当に、こいつは本人のいない所で言いたい放題だよな。  とは言え、実はオレもシロのことは言えない。  同じことを思ってしまったから。  やっぱ、藤堂って凄いんだな。  こんなことで感心したなんて知られたら、絶対に怒られるけど。 「中等部からウチの学校だから、上級生に知られてるし。多分、今年はこの子なんじゃないかな」 「へぇ」  どうしてそんな子が誠人と一緒にいるんだろ。  あれ?  オレ、この子のこと知ってないか?  何気に、誠人と一緒にいる所見た事あるよな。  つーか、体育祭の時に、まさにこの写真に納まっている瞬間を見た。  何だよあの1年生はっ! って思ってたし。  そっか。  あれがこの子か。 「どうした?」  オレの様子を不審に思ったらしいシロが覗き込んできた。  大したことじゃないんだけど、まるでパズルのピースが埋まったような不思議な感覚だ。 「ちょっと思い出した」  独り言のような音量の声を絞り出す。 「オレ、体育祭の時にこれを見た気がする。それで、今と同じこと思った」 「これって、これ?」  オレが気になっている写真を指しながらシロが訊くので頷いた。 「ただ、それだけなんだけど、あの辺の事って全然憶えてないから」  ぼんやりとする頭の奥の方から出てきた記憶が、あまりにもはっきりとしていたから、自分でも少し驚いている。 「あ、体育祭の写真だ」  どこかへ行っていたらしい藤堂が戻ってくるなり、机の上の写真を見つけてやって来た。 「カオリちゃんは買うものないでしょ。写ってないんだから」  楽しそうに見る藤堂に、シロが水を差す。 「何で写ってないって決め付けるんだよ」 「そーいう事を弓月さんが許す筈がないから」  もっともだ。  去年の体育祭も、ミスコンで優勝した文化祭も、藤堂のちゃんとした写真って無かったよな。  ミスコン優勝者の写真はよく売れるのが恒例だったのに、去年はそんな訳で写真部が涙を飲んだという噂を聞いた。  だけど、実際はちゃんと藤堂の写真はあって、写真部や生徒会の門外不出の品となっている、という噂もある。  面白がって買う輩はともかく、当の藤堂くらいにはあげてもいいと思うんだけどな。 「1枚くらいは、写ってるのがあるかもしれないだろ」  諦めていない藤堂は、目を皿のようにして自分の写っている写真を探している。  そこまで必死にならなくても。 「写ってたとしても、こーんな豆粒くらいの大きさだと思うけど」  揶揄するように言うシロに、「うるさい」と言うような藤堂の鋭い視線が突き刺さる。 「別に写ってなくてもいいんだよ。こういうのってさ、後で見て楽しいだろ」  確かにそうだよな。  自分が写ってなくても、ワイワイしていた時の写真を見るのは楽しい。  気分を変えて写真を見ようと目を落とすと、開いているページには丁度、さっきの誠人と1年生が写っている写真があった。  出鼻を挫かれた気分だ。 「で? 話の腰を折っちゃったみたいだけど、瀬口は何を思い出したの?」  しかもここで話題を戻すか。 「なっちゃんはね、塚本さんがこの1年生と仲良しっぽいのが気になるー、っていうのを忘れてたけど思い出したんだって」 「何で分かんの!?」  大雑把だけど、シロの解説はほとんど当たっている。  驚きのあまり、思わず声を上げてしまった。 「そりゃ分かるでしょ。なっちゃん、この写真を見てからあからさまに様子が変だもん」  トントン、と問題の写真を指先で突きながらシロが言う。 「仲良し? ただ単に、たまたま話をしてる所を撮っただけだろ」  藤堂は写真に顔を近づけながら言って、首を傾げた。  そーかなぁ。  そうだったらいいんだけど。 「たまたまじゃないと思う」  と、思ってしまうのには理由がある。 「オレ、前にもこの子を見た事あるんだよな。誠人と一緒の所を」 「それもたまたまだったんじゃねぇの?」  どこまでも楽観的(ある意味投げ槍)な藤堂の意見には励まされるけど、オレの頭はそこまで単純にはできていない。  だって、あの時は学食で一緒に座っていた。  「たまたま」だったとしても、座って話をするくらいの仲ではある筈だ。  誠人は「名前忘れた」と言ったけど、顔見知りには違いない。 「別に気にする事ないだろ。マサくんだって、後輩と話くらいするだろうし」  少し苛立ち気味に藤堂が言う。  そりゃそうだろうけど、何となく釈然としないというか、何か引っかかると言うか……。 「でも、なんか、雰囲気が……」 「雰囲気?」 「この1年生ってさ……」  言いかけてはまた言葉が止る。  あまりにも短絡的で浅すぎる考えだから、口にするのを躊躇ってしまう。 「何? かわいいってのが気になんの?」  人がせっかく言葉を選んでいたのに、さらっとシロに言われてしまった。  認めたくないけど、そうなんだよな。  こんな事考えちゃうのも馬鹿馬鹿しいって分かってはいるけど、どうしても気になってしまうんだ。  元々の顔の造りは勿論、まだ幼い感じが。  普段、オレが冗談で言われてるのとは違うニュアンスで、とても「かわいい」と思ってしまう。  だけど、「かわいい」なんて単純な表現じゃなくて、もっと回りくどい言葉を探していたのに。  そんなストレートな言葉、なんか悔しいんだよな。 「そーかなぁ。そんな言う程でもないだろ」  軽い否定の声の主は、勿論藤堂だ。  そんなセリフ、カオリちゃんにしか言えないっつーの。 「そりゃ、カオリちゃんは自分を見慣れてるからそう言うだろうよ」 「は?」 「っていうような話を、さっきなっちゃんとしてました」  オレを巻き込むな、シロ!  藤堂がこっちも睨んでいるじゃないか。  しかも、そう思ったのは本当だから弁解もできやしない。 「大体、かわいいとかそーでもないとかって、どーでもいいだろ! 男なんだから、そんなの何の役にも立たねぇよ! ちょっと話をしてたくらいでいちいち疑われたんじゃ、息が詰まるっつーの」  なんて実感の篭ったセリフだろう。  そっか。  藤堂も苦労してるんだな、弓月さんに。 「ごめん、藤堂。オレ、もっと簡単に考える」 「それはいいけど、何でオレに謝るんだよ」 「うん、何となく」  あまり深く考えるのは止めよう。  藤堂の言う通り、あの誠人だって後輩と話しをすることくらいあるだろうし。 「瀬口、この写真、マサくんにも見せる?」  唐突な質問だったので、返答が遅れてしまった。 「考えてないけど……」  見せる必要無いけど、見せて悪いものでもないし。  真相を聞くっていうのはいいかもしれないけど、問い詰めるみたいでちょっと嫌だな。 「そっか」  どちらとも言えない曖昧な返事でも藤堂は納得してしまったようで、それ以上追求はされなかった。 「何でそんな事を聞くんだよ」 「ちょっと気になっただけ」  はぐらかしながら、藤堂は再びアルバムを捲りだした。  何だよ。  そういう言い方されると、こっちが気になるだろ。 「あ、他にもマサくん写ってるよ」  問い詰める間もなく無邪気な笑顔を向けられて、オレもうっかりその写真に気を取られてしまった。

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