149 / 226

第137話 本物には敵わない -3

□ □ □  宣言通り、体育祭の写真を収めたアルバムはシロが写真部に返してくれることになった。  オレは迷いながらも、数枚の写真の購入を決めた。  小さいけど自分が写っているのと、誠人が写っているやつ。  我ながらちょっとカワイイ所もあるんだな、なんて思ってみたりしてしまってすぐに後悔もしたけど、手に入れなくても後悔しそうだったから、気が変わる前に回収箱に投入した。  写真の注文票は、昇降口に設置されている回収箱に入れる。  よく選挙とかで使うような、頑丈でちゃんとした箱だ。  ご丁寧に、鍵までついている。  そこまで厳重にしなくても、誰も開けたりしないだろーに。 「何だ」  有権者が投票する気分で用紙を箱に入れた直後、そんな声がした。  場所的に誰かの声なんて聞こえても不思議じゃないんだけど、自分に掛けられたような気がして振り向いた。 「直接持ってきてくれれば、その場で渡したのに」  残念そうにそう言いながら背後に立っていたのは、アルバムを貸してくれた諒くんだった。  偶然にしては、今日はよく会うな。  さっきまで顔も名前も知らなかったのに。 「いや、別に、そんなに早く欲しいって事も無いし」  言いながら、それはちょっと惜しかったな、と思う自分もいたりして。 「そっか」  少し突き放したような言い方だったのが悪かったのか、諒くんの表情は更に残念そうだ。  そんな顔されると、申し訳ない気分になってしまうじゃないか。 「次に会ったときに渡そうと思ってた物があるんだ」  唐突にそう言い出した諒くんは、ポケットを探る。 「オレに?」 「そ」  言いながら、カードのようなものを手渡してきた。  受け取ってみて、直ぐにカードではない事に気づいた。 「……写真?」  裏返しの状態で渡されたので、反射的に表に返して絶句した。 「!?」  写っていたのはオレ。  と、誠人。  風景的に、学食の前辺りを歩いている所だろうか。  他には誰も写りこんでいないので、俗に言うツーショット写真だ。  何てこと無い写真なのに、どうにも冷静には見られない。  きっと不意打ちされた所為だ。 「ずっと前に撮ったやつなんだけど、昼に会った時に思い出したから」  淡々と説明されている間も、オレの頭の中はぐわんぐわんと嫌な感じに回っていた。  何でこんな写真を撮ってんだよとか、ずっと前っていつだよとか、言いたい事が次から次へと脳内を流れていって上手く口から出てこない。 「彼は意外とモテるよね。男女問わず、と言うより割合だったら男のが多いのかな」  オレが何も言えないでいるのを良い事に、諒くんは更に淡々と続ける。  諒くんの言う「彼」がオレでない事は確かだ。 「は?」 「知り合いに写真を撮ってこいってせっつかれてて、塚本くんを見たらシャッター押しちゃう癖がついてるんだよね」 「……へー」  あまり深く聞きたくないから、意味不明なまま流してしまいたかった。  本当は、突っ込み所満載すぎなんだけどな。  動揺するオレを余所に、諒くんの言葉は続く。 「でも、それはいらないって返品された。俺が持っていても仕方ないからあげる」  と言われても、更に疑問が増えてしまって、素直に「ありがとう」と受け取る気になれない。  じっと写真を見ながら漠然と、撮られたのはまだ1年生の時だなと思っていた。 「そこに写ってるの、君だよね?」 「……多分」  確かめるまでも無いだろうにわざわざ確認してくるから、こっちもわざと曖昧な返事をしてやった。  一番問題なのは、時間とか場所ではなく、この写真が撮られた目的だ。  諒くんは、知り合いに誠人を撮れと言われているらしい。  しかも、「モテる」と評価している。  という事は、誠人を好きな人がいるという事。  オレとのツーショット写真が返品された理由も、そういう事だろう。  誠人以外の奴が写り込んでいる写真なんかいらない、って感じだな。 「勝手にこんなの撮って気持ち悪いとか思ってる?」 「いや、そこまでは」  ちょっと思ったけど、社交辞令としてやんわりと否定した。  正直な所、思考がそこまで至っていない。 「俺に写真撮れって言ったのが誰なのか、気になってる感じ?」  やっぱり、オレは考えていることが顔に出易いらしい。  簡単に当てられてしまった。 「……まぁ」  と、素直に認めるしかない。  かと言って、それが誰なのか知りたいという訳でもないのが複雑だ。  全く興味がないんじゃなくて、知った所でどうしようもないからってのが本音だ。 「でも、君は気にすることなんて無いだろ」 「何で?」  気にしないようにしようと強がっているだけなのに、そんな簡単に言われたら少しムッとしてしまう。  だけど、それは諒くんにしてみれば逆に「何で?」だったらしく、怪訝な表情になった。 「わざと言わせようとしてんの? だとしたら、結構な小悪魔系?」 「はぁ!?」 「ああ、ただの天然か」  矢継ぎ早に失礼なことを言われた、ような気がする。 「どういう意味だよ」 「怒るなって」  と言ってはいるけど、怒らせようとしているとしか思えない。  ギッと睨んでやると、諒くんは少し笑ったようだった。 「それ以外にも、塚本くんの写真あるから、欲しければあげようと思って声かけただけなんだ」 「え」  一気に力が抜けるような一言だった。 「俺が持っていても仕方ないし。欲しい奴が持っている方が有益だろ」  正しくその通りなんだけど、それを言われるって事は……どうなんだ?  こいつ、オレと誠人の事、確実に知ってる。  今までの会話を思い返してみれば、今更って感じだけど。  それにしても、オレが持ってるのが有益だなんて、決め付けないで欲しいんだけどな。 「でも……」 「中3の時からだから、4年分も無いくらいかな」  欲しいと思いつつも、一応断ろうと開いた口から出てくる声がどこかへ行ってしまった。  中3の時の誠人!?  見たい!  それは凄い見たいぞ!! 「無理にとは言わないから、欲しくなったらいつでもどうぞ」  どこからか取り出した鍵で投票箱を開けながら、諒くんがそう付け足した。  どうやら、写真の注文票を取り回収に来たらしい。  「無理に」なんてとんでもない。  むしろ、「是非」見せて頂きたいくらいだ。

ともだちにシェアしよう!