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第139話 知れば知るほど深まるように -1

 手渡された袋から取り出した例のブツを見た瞬間、思わず声が漏れた。 「うーわー」  放課後の食堂の隅っこのテーブルにて、オレは今までに無いドキドキを味わっていた。  抑えようとしても顔が笑ってしまう。  感嘆詞の独り言が次から次へと漏れてくる。  ヤバイ。  これはかなりヤバイ。  楽しいと言うか、嬉しすぎる。  昔の誠人の写真を見せてくれる、という諒くんからのお誘いがあったのがつい昨日のこと。  一度は断ろうと思ったけど、お願いして大正解だった。  昨日の今日だというのに、過去四年分の誠人がオレの手の中にある。  ちょっと大袈裟だけど、中三の誠人の写真を前にしては表現を抑えてなんかいられない。  昨日が初対面だというのに、なんて仕事が速いんだ、諒くん。  何枚もあるうちの、まだたった一枚目だというのにテンションMAXだ。 「大まかにだけど、上から中等部の時ので、下の方にいくにつれて最近のものになっている筈だから」  オレが持つ写真の束を指して諒くんがそう補足してくれたが、はっきり言ってあまりよく聞こえていない。  それどころじゃないっていうのが正しいかも。  何しろ、オレにとっては超貴重なレア写真なんだから。 「中学生の誠人だー」  独り言が自然に口から飛び出る。  中等部の、ちょっと素っ気無い制服を着た誠人が新鮮すぎる。  今更だけど、誠人もこの制服を着てたんだよな。  制服は今と変わってないからデザインは知っていたけど、そういう発想は無かったな。  写真とはいえ、誠人が着ている所を見られるとは思ってもいなかったし。  たかが制服が違うだけでこんなにドキドキするとは。  侮れないな、制服って。  四年も前だから、ちょっと幼いし。  どちらかというと、弟の尚糸に近いかも。  元々、尚糸ってちっちゃい誠人って印象だしな。  そっか、そっか。  やっぱり兄弟だよな。  中学生になったばかりの尚糸も、数年したら誠人みたいになるんだろーな。  しかも、その新鮮な誠人の横に写っているのが、これまた新鮮な黒見だから笑ってしまう。  初々しいなぁ。 「あ」  二枚目の写真を目にした瞬間、緩んでいた顔が固まった。  笑顔で固まったんじゃなくて、真顔で。  写っていたのは、中学生の誠人と浅野先輩。  今年の三月に卒業した人で、誠人が三番目に付き合っていたという人だ。  付き合っていた時期とか知らないけど、これってその頃の写真なのかな。  別れた後も普通に話とかしているみたいだから、その一瞬を撮られただけかもしれない。  どうだろ?  その時を知らないオレには、判断のしようがないよな。 「何?」  一気に真顔になったオレを不審に思ったらしく、諒くんが覗き込んでいた。 「あーごめん、そういうのは弾いとけばよかったよな」  と言いながらその一枚を引き抜いた。 「いや、全然大丈夫」  いきなりでビックリしただけだから。  昔にどんな事があったかとか、そういうのにイチイチ反応していたらキリがないよな。  うん、大丈夫。  それよりも、浅野さんを見て気をきかせてくれる諒くんの情報網が気になる。  誠人と浅野さんの事も当然のように知っているんだよな。  諒くんの情報網って、多分それだけじゃないよな。  下手すると、オレより誠人に詳しそうだ。 「実を言うと余り物なんだ、それ」 「余り物?」 「俺に写真を撮れ、って言った奴がいらないって言って持って行かなかったやつ」  なるほど。  通りで、誠人が一人で写るものが無い筈だ。  パラパラと軽く見ていくと、どれも「誰か」との写真だった。  誠人の事が好きで写真が欲しいと思っているなら、オレや浅野さんが写った写真なんかいらないよな。  納得。 「どーせだったら、そっちを焼き増して持ってくれば良かった?」  真剣な顔で聞かれて、一瞬質問の意味が分からなかった。  つまり、貰われていった写真を持ってくるべきだったか、と気にしているんだな。 「いやいや、そこまでしてくれなくて大丈夫。これだけで充分だから」  と言いながら、誠人の写真が欲しいと言う人は、一体どんな写真をどれだけ持っているのかという疑問が生まれた。  しかも、四年も前から好きだったって事だよな。  オレよりも年季入ってる。  どんな人なんだろ。  諒くんに訊いたら教えてくれるかな。  写真は、どれもこれも誰かと写っているものばかりだ。  西原先輩や黒見が多いような気がするけど、中には知らない人もいる。  いちいち誰なんだろうとか考えても仕方ないって分かっているけど…。  昔の写真が見たい、なんて簡単に言わなきゃ良かったかもな。 「気になる?」  上の空で写真を捲っていくと、何かを察したらしい諒くんがそう訊いてきた。  手に持っていた写真に、瞳子さんが写っていた所為かもしれない。  こうして見ると、誠人と瞳子さんはとても自然なツーショットだ。 「まぁ……それなりに」  言いながら、前にもこんな会話をした気がして、少し面白そうにこっちを見る諒くんから顔を逸らした。  諒くんは今回も「気にしなくていいのに」と言いた気だ。  そして、無言で瞳子さんとの写真を抜き取った。  手元に無くても、脳裏には残像が鮮明に焼き付いてしまっている。  オレよりもお似合いだという、単純な感想を抱いてしまった自分に打ちひしがれる。 「何、してんの?」  ぼんやりとよくない事を考えている所に、ぼんやりとした質問が降ってきた。 「誠人の写真見てんだけどさぁ」  と、答えながら「ん?」となった。  今の声、明らかに諒くんじゃなかった。  と言うか、上から聞こえたって時点で、目の前に座っている諒くんじゃないし。  しかも、今の声って……。 「写真?」  ゆっくりと振り向きながら見上げると、オレの背後に立っていたのは誠人だった。

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