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第144話 波紋はやがて嵐になる -2
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冷静になろうとしているのに、考えれば考えるほど胸が締め付けられるように痛んで落ち着かない。
これは、どうしたらいいんだろう。
保健室に行って一眠りしてもダメそうだし、誰かに相談するにしても考えが纏まらない。
一番手っ取り早いのは誠人に直接聞くことなんだろうけど、全部肯定されたらと思うと恐ろしくて決心が付かない。
誠人の言動を思い返して、そんな事は無いと首を振る。
大丈夫だ。
「好き」と言ってくれた誠人の声が脳裏に響いて、気持ちは少し浮上する。
「愛してる」と囁いてくれたのも、本心だと信じている。
だけど。
前提が違うんだよな。
オレが誠人を忘れて、それを誠人が受け入れていたら、オレに対して言った「好き」も「愛してる」も過去の感情になってしまうのではないだろうか。
ぐるぐると考えながら歩いていたら、いつの間にかいつもの屋上へ向かっていた。
誠人のことばかり考えているから、無意識に足が向いてしまうんだよな。
そんな事に気づいて、階段の踊り場で足を止める。
誠人に会うのは、もう少し頭を冷やしてからの方がいいかな。
諒くんからの情報に焦って、結構混乱している。
でも、この混乱を解決できるのは、やっぱり誠人だけな訳だし。
進もうか戻ろうか考えて、ここまで来たんだからと進むことにした。
重たい扉を開けて、定位置に誠人の姿を探す。
「?」
いつもの場所に人影があるが、誠人にしては少し大きいような?
そりゃ、もともと誠人はでかいけど、それにしても……。
フェンス付近に座っているらしいそれは、オレがいつも見つける誠人の姿とは少し違っている。
目を凝らしながら少し近付いて、その人影が2人分のものだと気づいた。
オレの登場に気づいたらしい1人が立ち上がって、もう1人に覆いかぶさるようにしていたということが分かった。
問題は、それが誰と誰なのかということで。
あまりにもそんな事ばかり考えていたから、幻覚が見えてしまったのかと思った。
だけど、すぐに現実だと分かって「ああ、やっぱり」と納得することで何とか自分を保つ。
立ち上がったのは有島くんで、座ったままのもう1人は誠人だった。
つまり、有島くんが誠人に物凄く接近していたという事になる。
何のために、なんて考えるまでもない。
この場所に有島くんと誠人が2人きりでいて、尚且つ超接近していたという時点で、もう確かめる必要はなくなってしまった。
一刻も早く来た道を戻らなきゃ、と思っているのに、2人を視界にとどめたまま動けない。
最悪な現実が目の前に突きつけられて、一瞬にして全ての機能が停止してしまった。
だけど、復旧するのも奇跡的な速さで、すぐに再起動のスイッチが入った。
ぎこちない動きだけど、何とか足を動かして踵を返す。
頭と身体の処理速度が合ってないからスムーズに動くことはできなかったけど、屋上という場所から立ち去ることには成功した。
さっき開けたばかりの扉を閉めても、脳裏に焼きついた光景は消えない。
やっぱり、扉を開ける前に戻っておけば良かった。
「あれ?」
でも、どうしてオレが逃げなきゃいけないんだ?
という疑問が浮かんできた。
本当に誠人と有島くんがそういう仲になっていたとして、オレに何の話もないのは許せない。
普通に考えたら、浮気って事なんだろうし。
現場を目撃したオレは、その場で文句を言う権利くらいあるはずだ。
世間一般に言う、修羅場ってやつか。
なのに逃げてしまうなんて、オレってやっぱりダメダメすぎ。
「!?」
自分の行動に落ち込みまくっていると、背中を何かに押されて前につんのめった。
と同時に頭や肩に痛みが走る。
背中を預けていた扉が開いたのだ。
「うわっ」
バランスを崩して階段の方向によろめいたオレの腕を、誰かが掴む。
屋上の扉の向こうから出てきた誠人だ。
タイミング的に、オレに気づいて追いかけてきてくれたのだろうか。
「ごめん。そこにいるとは思わなかった」
フラフラ気味のオレを自分の方に引き寄せて、何事もなかったかのような顔と口調でそう言う。
オレがどれだけ悩んでるのか、全く伝わっていないのが悔しい。
言い訳なんてされてもムカツクけど、いつも通りってのもどうなんだよ。
「今、有島がいた?」
心臓の音がうるさくて、自分の声すら聞こえづらい。
それでも、腹を決めて訊く。
扉の向こうにまだいるのは分かっているけど、訊かずにはいられない。
この動悸が、階段から落ちそうになったからなのか、この先の不吉な展開を予期してのものなのかは分からないけど。
「ああ」
「……何で?」
簡単に頷かれて、思わず刺々しい言い方になってしまった。
「何で、ここに有島と2人でいんの?」
いつの間にか、誠人と屋上で過ごすのはオレの特権みたいに思っていた。
それを取られたような感覚に襲われて、激しい憤りに襲われている。
この浮気者め、と心の中で罵ろうとして基本的な事に気づく。
けど、諒くんの言うように、誠人の気持ちがオレに向いていなかったら、それは浮気とは言わないんじゃ……?
こいつにとって、有島と2人でいる事はもう浮気ではない、とか。
それはかなりキツイ。
「つーか、お前らにとっては、オレが邪魔なのかもしれないけどさ」
精一杯の強がりが口から出ていた。
強がりと言うよりは、嫌味だな。
例え憎まれ口でも、何か言っていないと自分が保てない気がするんだ。
「邪魔?」
「オレの記憶無かった時、有島とイイ感じだったんだろ」
「まさか」
「それだったら、ちゃんと言ってくれればいいのに。オレ、全然知らなかったからビックリして」
言いながら、自分が潰れていくような感覚に陥る。
この場にいたくない。
早く誠人の前から消えてしまいたい。
掴まれたままの腕が、無性に痛い。
「瀬口」
オレを呼ぶ誠人の声にビクリと反応して、顔を上げた途端に目が合う。
見つめられて、何を言えばいいのか分からなくなる。
気持ちは、怒っている。
裏切られたんだから、力一杯怒鳴ってやっても許される筈だ。
だけど、そんな事をしたら誠人が困るのも分かっている。
ここで誠人を困らせたら、きっと優しくしてくれるだろう。
もう、オレの事なんてどうでもいいと思っていても、オレが誠人から離れたくないと言えば、その通りにしてくれる。
こいつはそういう奴だ。
付き合うのも別れるのも、全部相手次第。
本当に残酷な奴だよな。
「あのさ」
だったら、オレが言うしかないじゃないか。
本当はどう思っているのかって。
「オレたち、別れたほうが良くないか?」
まさか、自分がこのセリフを口にする日が来るとは思ってもみなかった。
しかもこんなに好きなまま。
だけど、確かめずにはいられないんだ。
オレが言い出さなきゃ、お前が誰を好きでも、きっとずっとこのままだから。
お前の気持ちが有島に向いているなら、きっと容赦なく頷くだろう。
けど、まだオレを好きだと思ってくれているなら…。
「そうだな」
淡々とした誠人の声が、鈍く頭に響いた。
後に続く言葉もなく、ずっと掴んでいたくれた腕から、誠人の手が離れていく。
まるで、もう関係がない、とでも言うかのように。
自分から言い出したクセに、呼吸を忘れるくらいショックを受けている。
頭のどこかで、否定してくれるんじゃないかと期待していたんだ。
卑怯にも誠人を試すようなことをして、見事に玉砕して、バラバラになってしまった。
『瀬口に捨てられたら、生きていけない』
悲痛な声は、遠い昔の事にように空しく響く。
大袈裟な事を言う奴だなぁ、って思ったけど、本当に大袈裟だったんだな。
全然平気じゃねぇか。
むしろ、オレの方が平気じゃねぇってどういう事だ。
こんなに簡単に終わるなんて、想像もしてなかったぞ。
悩む素振りもなく頷きやがって。
こいつにとって、オレなんてそんな程度って事かよ。
だったらもう、お前の中からオレの事なんか消してくれ。
オレも、お前を好きだって事はもう考えないから。
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