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第145話 弱気な背中を押すのは -1

 あれから、何事もなく数日が過ぎた。  思えばオレは、あいつに関わらなければ至って普通の日常を送る普通の高校生なんだよな。  とは言え、この約1年間がとんでもなく波乱に満ちていた訳でもないか。  そりゃあ、オレなんかの考えの及ばないような出来事もあったけど、全体的に平和と言えば平和だった。  何だか分からないけど、あいつの独特な空気感の所為かな。  やる気が無いのと冷静って、意外に紙一重だったんだな。  そういえば、あいつは有島と付き合うんだろうか。  なんて愚問だな。  そんなことより、結局オレってあいつの何人目って事になったんだろう。  今となってはどうでもいいんだけど、今だからこそ気になるというか。  未練がましく、走馬灯のように思い出を振り返って溜め息を吐く。  本当に終わってしまったんだなぁ。  あっさりしすぎてあまり実感湧かないけど、考えれば考えるほど苦しくなるから、このままあっさりさせておきたい。 「何か変じゃない?」  感慨に耽るオレの横で、不意に藤堂がそう呟いた。  移動教室の真っ最中の廊下で、眉間に皺を寄せて立ち止まる。 「何かって、何が?」  藤堂の言う「変」が分からないので、何となく周りを見回しながら訊いた。  休み時間の廊下は絶えず人が行き来していて、異変を見つけるのは難しい。  何より、オレの頭の中は走馬灯となっていたから、現実に戻るのに多少の時間が掛かった。 「瀬口が」 「オレ?」  予想外の指名を受けて、思い当たる節を考える。 「最近、マサくんの所に行ってなくない?」  藤堂に言われるようなことは無いだろう、と思った矢先にそう言われて、思いっきりあった事に気づいた。  休み時間とか昼休みとか、足繁くとはいかないまでも、暇さえあれば訪ねていたからな。  それが、あれ以来ぱったりだし。  藤堂が不思議に思うのも仕方ない。  が、このタイミングで訊くなっつーの。  藤堂には何かと世話になったし、いつかは言わなきゃとは思ってはいたけど、こんな廊下の片隅で言う話でもない。  いや、でも。  自分から切り出すより、訊かれた今言う方がタイミング的には良いような。 「またケンカした?」  こっそり葛藤している間に、見当違いな推測をしてくる。  「また」と言われるほどしてねぇし、しょっちゅう弓月さんとケンカしてる藤堂に言われる筋合いもない。 「ケンカは、してない」  しどろもどろだけど答える。  嘘は吐いてないのに、この罪悪感はなんだ。  オレたちが別れたなんてこれっぽっちも考えていない藤堂の、「どーせ犬も食わない系だろう」という視線が辛い。  騙しているようで気分が悪いし、この場で言ってしまおうか。  さらっと事実を伝えれば、何となく聞き流してくれるかもしれない。  けど、聞き流してくれなかった時のことを考えると、やはり移動中の廊下でするような話ではないかなぁ。 「瀬口さん、ちょっといいですか」  この場をどうやって乗り切ろうかと悩んでいると、やけに刺々しい語調の声を掛けられた。  振り向くと、今一番見たくない顔があった。  有島だ。  ここは校内の廊下だし、誰が歩いてようと不思議じゃないけど、よりによって今ここで声を掛けてくるとか。  タイミング悪すぎ。 「訊きたいことがあります」  愛想の欠片も無い、むしろ怒っているような言い方に少しムッとした。  どうしてそんな態度取られなきゃいけないんだよ、って。  本当は話なんかしたくないけど、ここで断って逃げたと思われるのは癪だから受けて立ってやることにした。

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