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第146話 弱気な背中を押すのは -2
とりあえず、通行の邪魔にならないようにと隅に場所を移動した。
というのは建前で、藤堂に話を聞かれるのを避ける為だ。
何を言われるのか知らないけど、有島の表情から察するに絶対に良い話じゃないに決まっている。
事情を知らない藤堂には聞いて欲しくはない。
「瀬口さんは、本当に誠人さんと別れたんですよね?」
開口一番からこれだ。
わざわざ訊いてくんな、とイラッとする。
そんな事とっくにお前は知ってるだろ、と言ってやりたいのをグッと我慢して。
「……それが?」
何とか感情を抑えることに成功して訊き返した。
「未練を残すような別れ方とか迷惑なんですけど」
全く身に覚えの無い事を、こちらを睨みつけるようにして有島が言う。
いや、未練があるという部分は当たっているけど、口にも態度にも出してはいない、筈だ。
「は?」
「別れたクセに、誠人さんを独占するなんて酷いです」
「意味分かんないんだけど」
誰も独占なんかしていない。
それどころか、あれからあいつの姿すら見てもいないんだぞ。
そんなオレのどこをどう見れば、独占しているなんて勘違いができるんだ。
独占してるのは自分の方だろーが。
最後に見た屋上の光景を思い出してしまって、羨むような視線を送らないように目を伏せた。
「誠人さんに告白したけど、振られました」
有島の口から出てきたのは、オレの想像とは全く別の言葉だった。
てっきり、2人はもう付き合っているものだと思い込んでいたから。
「オレが誠人さんと付き合えないのは、瀬口さんの所為です」
挑むような口調で有島はそう言うけど、オレの所為にされる心当たりなんてない。
むしろ、あいつにとってオレなんてもう関係の無い人間だろうし。
まぁ、「前に付き合ってた奴」くらいの認識はあるだろうけど。
「どうしてオレの所為なんだよ」
あまりにも見当違いすぎて、つい興味が湧いてしまった。
あいつにとって、オレという存在にまだ何か意味があるのだろうか、と。
だけど、訊き返してしまったことをすぐに後悔する事となる。
「誠人さんのこと、ちゃんと振ってあげてないからじゃないですか?」
とても迷惑そうに言って、相変わらずの表情でこちらを睨んでいる。
「大して可愛くも無いクセに、1年も誠人さんと付き合えただけで十分じゃないですか」
あれ?
なんか今、すっげぇムカッとしたんだけど。
オレが可愛くないって言うのは分かってるよ。
うん、分かってる。
分かってるんだけど、有島に言われると何かムカツク。
「瀬口さんが1年も付き合えて、オレが振られるなんてあり得ないと思いません?」
すげぇ自信。
確かに、有島の容姿だったら自信持ってもいいかもしれないし、オレ程度と比較するのも時間の無駄だよな。
だけどさ、オレがこんな事言っても負け惜しみにしか聞こえないかもしれないけど、男が可愛さ競ってどーするよ。
より可愛い子を選ぶんだったら、そもそもウチの学校の生徒から選ばないだろ。
「それでちょっと考えたんですけど、何か誠人さんの弱味とか握ってます?」
「はぁ!?」
「だとしたら、そういう事はやめてもらっていいですか。誠人さんの事、自由にしてあげてください」
今更ながら、喧嘩を売っているとしか思えない言い方と内容で、これで怒るなという方が不可能だ。
大体、「ちゃんと振る」って何だ!?
オレがあいつの弱味を握っているなんて決め付けやがって。
「自由にしてあげてください」だぁ?
あいつのどこが不自由に見えるって言うんだよ。
何があっても、のびのび生きてるじゃねぇか。
有島が振られた理由を、オレの別れ方に押し付けるなっつーの。
「つーか、振られたのはオレの方だし! 言い出したのはオレだけど、誠人の気持ちはもうオレに無かったっていうか」
お前の所為でな! という言葉を呑み込んだのは、負け犬の遠吠えにしか聞こえないと思ったから。
それにしても、好かれていなかった自慢みたいなセリフは、我ながら情けない。
あの日、手を離されしまった腕に無意識に触れて、滲む涙を押し込むように奥歯を噛みしめた。
「それ、何の話?」
有島でもオレでもない、ちょっと強い語調の声は何故かそこにいる藤堂のものだった。
「藤堂!?」
場所を移動する際に、藤堂には先に行くようにと言ったのに、残ってオレたちの話を聞いていたようだ。
盗み聞きといえばそうなんだけど、立場が逆だったらオレも気になって残っていたに違いないから、藤堂の登場はある意味当然の流れなのかもしれない。
ただ、纏っている空気が……。
「瀬口はマサくんと別れたの?」
無表情の上、抑揚のないセリフが少し怖い。
可愛い顔は普段と同じなのに、表情が無いだけでとても冷たく感じてしまう。
実際、冷気のようなものを発しているのかもしれない。
悪寒のようなものが走る。
「と言うか、なっちゃんが振られたって?」
見る見るうちに、藤堂の眉間に皺が寄っていく。
事あるごとにオレたちの心配をしてくれていた藤堂だから、親身になってくれるのは分かる。
けど、今の藤堂は、心配をしているというよりは……。
「それは……」
「どーせまた、お前が余計な事しやがったんだろっ!」
説明しようと口を開いた矢先に、怒りが爆発した藤堂が有島に噛み付く勢いでそう叫んだ。
「え?」
藤堂の言動があまりにも予想外すぎて、有島に掴みかかろうとする藤堂を抑えるのも忘れてしまった。
今の藤堂のセリフ、どういう意味だ?
「別に、余計な事なんかしてませんよ」
「嘘を吐くなっ」
「何なんですか。関係ない人は黙っててください」
「黙らねぇよ」
突然の伏兵の登場にたじろぐ有島に、藤堂は更に突っかかっていく。
「マサくんのことが好きなのか知らねぇけど、お前中心に世界が回ってんじゃねぇんだよ!」
唐突とも思える叫びに首を傾げる暇もなく、暴走寸前の藤堂と有島の間に割って入った。
「一体どうしたんだよ、藤堂!?」
「どうしたもこうしたも、オレはこいつが嫌いなんだ!!」
清々しいくらい明解な理由を叫びながら、藤堂は有島を指した。
一瞬、「それなら仕方ない」と納得しそうになったけど、だからと言って掴みかかって良い訳はない。
体育祭の写真を見た時にも何も言ってなかったから、知り合いとは思わなかった。
「マサくんに振られたんだったら、潔く諦めろよ! わざわざ瀬口に文句言う筋合いなんか無いだろっ!」
「別に文句なんか言ってません」
「じゃあ、何なんだよ!」
食らい付くような藤堂の迫力に、有島は一層たじろいでいる。
実を言うと、オレも若干怯えている。
藤堂がここまで怒るなんて、有島との間に何かあったのだろうか。
まさかとは思うけど、あいつ繋がりだったりして。
「お前がマサくんに振られたのは瀬口の所為なんかじゃねぇよ。ただ単に、マサくんがお前と付き合いたくなかっただけだろ」
藤堂の厳しい言葉が突き刺さる。
自分に言われたんじゃないと分かっていても、それはとても痛いセリフだった。
立場的にはオレも同じだもんな。
オレも、あいつに振られたんだから。
あれ?
けど、オレが振られた理由って、有島と付き合うからじゃなかったって事?
単純に、オレのことが好きじゃなくなったからってだけ、か。
そうか。
オレのことなんて「もういい」んだもんな。
「瀬口、行くぞ!」
自分の思考にガックリと落ち込んでいる真っ最中だというのに、藤堂はオレの腕を掴んで引っ張った。
「え?」
「こんな奴の話なんか聞く必要ない」
そう言い捨てた藤堂に引っ張られるがまま、その場を後にすることになった。
有島はまだ何か言いたそうだったけど、この藤堂に突っかかる気はないらしい。
確かに、振られた理由をオレに押し付けられるのも、文句を言われるのも困る。
だけど何か引っかかるんだよな。
藤堂がこんなに毛を逆立てるのもだけど、もっと別のことが。
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