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第147話 弱気な背中を押すのは -3

 引っ張られて向かったのは、教室ではなく校舎の裏と言っても差し支えない場所だった。  休み時間ならそれなりに人通りもあるが、授業中となってしまった今はオレ達しかいない。  目的地がここだったのではなく、人気の無い場所に辿り着いたので止まったようだ。 「さっきの話だけど」  オレの腕を掴んだまま、藤堂が口を開く。 「別れたの?」  と訊かれたので、躊躇いながらも素直に頷いた。  藤堂には言わなきゃと思っていたから隠す事もないんだけど、こんな展開は考えてなかった。  さっき廊下で言った方が、まだ穏便に済んだのかもしれない。 「何で?」  重ねて訊かれる。  今度は頷くだけじゃ足りないので喋らなきゃいけない。  今の藤堂は、何を言っても怒られそうでちょっと怖い。 「さっきの、有島と付き合うからだと思ってたんだけど」  どうやら違ったらしい。 「はぁ!?」 「だって、オレの記憶が無かった時にイイ感じだったっていうし、屋上でイチャついてたし」  屋上の件はオレが見てしまったのだから疑いようがない。  まぁ、「イチャついていた」という表現が当てはまるかと問われると、そこまで詳しくは目撃していないから何とも言えないけど。  ただ、あの屋上で2人きりで密着していた、という時点でもうオレの負けって気分なんだよな。 「けど、どうして誠人は有島と付き合わないんだろう」  オレが振られたのは、てっきり有島の事が好きだからだと思っていたのに。  そうじゃなかったから、有島はわざわざオレの所にまで苦情を言いに来たんだよな。 「……それ、本気で言ってる?」 「言ってるけど」 「そのくらい、考えなくても分かれよ」  舌打ちでも混じっていそうな藤堂の呟きの意味を、聞き返す間は無かった。 「あんな奴にちょっと揺さぶられただけで簡単に別れるとか、マジでバカ」  掴んでいたオレの腕を投げるように放して、藤堂が呆れ返ったようにそう言った。  セリフの内容にも態度にも、ちょっとどころじゃなく傷付く。 「そんな言い方しなくても……」 「1年経っても、全っ然成長してないし」  わざとらしく首を横に振る仕草が、本気でバカにされているみたいでイラッとなる。 「つーか、どうしてカオリちゃんがそんなに怒るんだよ」  こっちの言い分なんか聞く耳を持たない藤堂の失礼な物言いに、つい反撃したくなってしまう。  成長してないというのには、残念ながら自覚があるから反論はできないけど。 「オレは、マサくんにはなっちゃんじゃなきゃ嫌なの!」  乱暴な言い分に、思わず唖然とする。  そこに藤堂の意見は必要ないんじゃないか? 「マサくんだって絶対にそう思ってる筈なのに、どーしてこんな事になるかな」 「あいつはそう思ってなかったって事だろ」  まるで自分の事にように頭を抱えてくれる藤堂には悪いけど、そういうことだろう。  あいつには、傍にいるのがオレである必要はなかったんだ。 「なっちゃんがそーいう可愛くない事言うからいけないんだっ」 「は?」 「どうしてマサくんのことをもっと信じてあげないんだよ」 「信じるも何も、あいつはオレに忘れられたからって簡単に有島とイイ感じになるような奴なんだぞ」  自分を忘れたオレなんか「もういい」って切り捨てて、あっさり次を探すような奴をどう信じればいいんだよ。  加えて言えなら、一度オレを見限ったのに、記憶が戻った途端に何事も無かったかのように接してきたのも信じられない。 「それがバカだっつってんの! あの時、マサくんがどんな気持ちでいたかとか、もっと考えてやれよ」  なぜか必死な藤堂の表情が悲しそうに歪む。 「忘れられても、マサくんは瀬口の事が好きだったよ。好きだから無かったことにするって、よく分かんない結論になったんだろ」  藤堂の言っている事がよく分からない。  好きだから無かったことにする、って意味不明だし。 「なんだよ、それ」 「オレが知るかっ! 知りたいならマサくんに直接訊けばいいだろ。オレだって、それ聞いた時には『はぁ!?』ってなったよ」  そんなやり取りがあったなんて、オレは知らなかった。  オレの知らない間に、そんな話をしていたなんて。  そういう、2人だけの秘密みたいなのがあるなんて、教えてくれなかったら知りようもない。  きっと、こんな事にならなかったら、藤堂も言う気なんかなかっただろう。 「相変らず仲良いよな、お前ら」  普段はそんな風には見えないのに、本当はちゃんと分かってる辺りに、知り合って1年ちょっとのオレとは違う深さを感じてしまう。  有島だって、きっとそういう雰囲気を察して藤堂に突っかかったのだろう。  ちょっとした嫌味のつもりで言ったのに、藤堂は若干引き気味に言う。 「こんな時にヤキモチ焼くとかあり得ないんだけど」  オレは嫌味のつもりだったけど、確かに今のはヤキモチに取られるには十分だ。  しかも否定できない。 「大体さ、あのなっちゃん大好きなマサくんが、他の奴とイイ感じになるとかあり得ないだろ。どうしてそんな事も分からねぇんだよ」  いつもなら照れるようなセリフだけど、振られた今となってはその見解は惨めすぎる。 「あいつが今もオレを好きかなんて、藤堂には分からないだろ」 「分かるよ!」  怒鳴りながら即答されてムッとなる。 「いい加減な事言うなっ」 「瀬口こそ、マサくんの気持ちを分かろうともしないで勝手にグルグル回ってバターになってんじゃねぇよ!」 「誰もバターになんかなってねぇし!」 「ちょっとした比喩だっつーの。ああでも、ロクに考えもしないで結論出しちゃうんだから、脳ミソなんか空っぽのスッカスカだな」  それは聞き捨てならない。  あいつが何を考えているのかなんて、あの時の一言で十分じゃないか。  オレが「別れたほうがよくないか?」って訊いたらあっさり「そうだな」って。  もし藤堂の言う通りだったら、そんな展開になる筈がない。  まだオレを好きだというなら、手を離す筈ないだろ。 「そんなにあいつの気持ちが気になるなら、藤堂が付き合ってやればいいだろっ!」 「オレが付き合える訳ねぇだろ、バーカ」  全く以ってその通りだけど、そんなに何度も何度もバカって言うことないだろ。 「どーせオレはバカだよ」 「認めんなよっ」 「じゃあどうしろって言うんだよ!」  言われなくてもバカなのは自覚してる。  それを認めるなと怒鳴られたら、本気で困るっつーの。

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