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第148話 弱気な背中を押すのは -4
「あのさぁ、こんな所でウチの彼織を虐めないでくれる?」
それは、何の気配もなく現われた。
声がした時には既に拘束(と言っても差し支えはないくらい身動きが取れない)されていて、背後にいる人物を確かめようと振り向くこともできなかった。
「……っ!」
ただ、幸か不幸か、誰なのかを確かめるためにわざわざ振り向く必要はなかった。
校内で、藤堂最優先でこんな事をする人なんて弓月さんしかいない。
「ウチの彼織にあんまり酷い事言うと、この舌ちょん切っちゃうよ」
恐ろしい事を平気で言う弓月さんの手はオレの首を掴んでいて、舌を切られるのではなく、首を絞められる状態だ。
しかも、舌くらいなら本気で切ってしまいそうな迫力だ。
「お前、バカ! 何でいきなり現われんだよっ」
「彼織ちゃんのピンチに登場してこその俺だろ」
「はぁ!?」
「こんな所で彼織と喧嘩なんか、俺に抹殺してくださいって言ってるようなもんだよ」
「そんなの、お前の勝手な解釈だろーがっ!」
ご尤も!
だけど、そんな理屈がこの人に通用するとは思えない。
あまりにも普通に友達だったから忘れてたけど、藤堂に近付くと弓月さんが出てくるって、この学校の常識だったんだよな。
と、今この状況で思い出しても遅い!
「それにケンカなんかしてねぇよっ! なぁ、瀬口!」
「……ああ」
力一杯同意を求められて、頷く以外の選択肢が出てこなかった。
「じゃあ、なんでお前はそんなに怒ってんだよ」
「だって、瀬口がマサくんと別れたって言うんだぞ」
「へー、そう」
重大な事を言ってやった、という藤堂とは対照的に、弓月さんは興味なさそうにそう言ってオレから手を放した。
予想外にあっさり解放してくれたので、もっと痛い何かを予想していた身としては少し拍子抜けだ。
「何だよ、そのやる気のない感じは!」
藤堂は一緒に怒って欲しいんだろうけど、弓月さんにとってはどーでもいい事だろう。
この場合、むしろ藤堂の熱量の方が疑問だ。
「そういうお前は、関係も無いのにどうしてそんなに熱くなってんだよ」
「なるだろっ」
「ならねぇよ。つーか、どーでもいいし」
やっぱり。
期待を裏切らない弓月さんの返答は、らしすぎてちょっと安心する。
「マサくんには、なっちゃんじゃないとダメだろっ」
まだ言うかっ。
どうしてそんな考えになのるか、当事者のオレでも分からない。
「そんなの、彼織が勝手にそう思ってるだけで、こいつらはそうじゃなかったんだろ」
「お前までそんな冷たい事言うのかよ」
弓月さんの登場によって、藤堂の熱量が増してしまったようだ。
心配してくれるのは有り難いんだけど、方向がズレてるぞ。
と言うか、弓月さんを巻き込むのは止めてもらいたいんだけど。
オレにとっては全く未知の人だから、とんでもない方向に転がされたら困るし。
何より、あいつに迷惑がかかるんじゃ……なんて考えてしまうし。
「大体、有島なんかに嵌められて簡単に別れやがって」
「誰だよ、アリシマって」
「マサくんの周りをちょろちょろしてる1年生だよ」
弓月さんの疑問に答えた藤堂の言葉に引っかかる。
「周り、ちょろちょろしてた?」
「してた。てか、気づいてなかったの?」
信じられない、というような藤堂からの視線を浴びながら少し考える。
存在は知っていたけど、常に気にするほどじゃなかったし。
藤堂がそんなにピリピリしていたのにも気づいていなかった。
何でオレじゃなくて、藤堂の方が敏感に察してるんだ?
「特に体育祭の後とか、すっげぇ目障りだった」
心の底からそう思っている表情だ。
その時期なら、オレが気付かなかったのも仕方ないか。
「オレ関係ないのに、勝手に敵愾心剥き出しで睨んでくるし!」
その視線には、オレも見に覚えがある。
確かに、あれはちょっとムッとするよな。
藤堂の性格だったら、オレの比じゃないくらいムカッとしてるだろう。
だけど、藤堂にまで睨みをきかせるなんて、有島ってかなり強気だよな。
弓月さんの事を知らない筈ないだろうに。
「そいつが目障りって思うくらい、お前は塚本と会ってたのかよ」
ほらほら。
弓月さんの興味がズレたぞ。
「仕方ないだろ。瀬口に忘れられちゃったマサくんが危なっかしくて放っておけなかったんだから」
「だからって、お前が世話を焼くことねぇだろ」
「うっさいなぁ。過ぎたことにイチイチ文句言うなよ」
「誤魔化すのか」
「だから、そーじゃなくて!」
話の進まない弓月さんとの言い合いに嫌気がさしたのか、藤堂が怖い顔のままこちらを向いた。
若干、蚊帳の外の気分だったので、慌てて気を引き締める。
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