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第149話 弱気な背中を押すのは -5

「大体、オレにはマサくんが瀬口を振るっていうのが考えられない」  またその話かよ。  考えられなくても、事実なんだから仕方ないだろ。 「絶対に何か勘違いしてるだろ」  相変わらず、他人事だというのに言い切りやがるし。  「絶対」と決めつけられては黙っていられない。 「勘違いも何も、別れた方が良くないかって訊いたら、そうだなってあっさり言ったんだぞ」  オレが突然そんな事を言い出したら、もっと色々訊いてくれてもいいのに。  あいつは、何の疑問もなしに頷いたんだ。 「そりゃ、なっちゃんが悪いな」  興味無いなりに話を聞いていた弓月さんが、欠伸でもしそうなくらい退屈そうに呟いた。 「その訊き方だと、なっちゃんが別れたいと思ってると取っただろうし、なっちゃんがそう思ってんなら、それが一番いいって考えるだろうしな」  腕を組んでこちらを見る目は、呆れているようだった。 「そんな……。オレはただ、あいつが有島を好きなんだったら、そうした方が良いと思って」 「とか言いながら、結果的には自分を選んでくれるって思って無かった訳じゃねぇだろ?」  弓月さんの言葉に追い詰められて、返す言葉が出てこなかった。  それは、自分の一番嫌な部分で、一番見つけられたくなかった部分だったから。 「つー訳で、今回はなっちゃんの自業自得って事で一件落着かな」  ぱん、と手を叩いて弓月さんが話を終わらせる合図をした。  本当に自業自得なので、何も言い返せない。 「落着じゃねぇよ!」  叫んだの藤堂だ。 「勘違いだったなら、元の鞘に収まらなきゃダメだろ」 「まさか、そこまで彼織が面倒見る気じゃねぇよな」 「面倒は見るつもり無いけど、手助けはする」  頼もしくもあり、不安にもなる一言だ。  藤堂の手助けは割りと荒療治なので、できればご登場いただきたくないんたけど。 「お前、部外者だろ。そこまでしてやる必要ないっつーの」  イライラした弓月さんのセリフは、オレの言いたい事を雑に表現するとそうなるやつだった。 「必要は無いかもしれないけど、友達なんだからできる事があればするだろ」 「しねぇよ」 「利には友達がいないから分かんねぇんだよ」  毎度のことながら、藤堂の弓月さんに対する態度は見ていて冷や冷やする。  しかも、言い合いの原因がオレっていうのがまた落ち着かない。  弓月さんのご機嫌を損ねないうちに話題を逸らしたい。  このままにしていたら、話がどんどん大きくなって手が付けられなくなりそうだ。 「あのさ、藤堂。気持ちは嬉しいんだけど、オレは大丈夫だから」  やんわりと強がってみたら、藤堂に悲しい表情を向けられてしまった。 「マサくんはきっと、大丈夫なんかじゃないよ」 「え?」  振られたのはオレの方だと思っているんだけど、藤堂には違う視点があるようだ。  藤堂の言う事は、諒くんとは真逆で困惑する。  だけど、有島の存在や、あいつの態度を見れば、諒くんの情報が正しいと思ってしまうのは当然で。 「ウチの彼織にそーいう顔させるのヤメテもらえるかな?」 「!?」  頭に負荷が掛かって、ガクンと首が下を向いた。  弓月さんの掌がオレの頭の上に乗って、尚且つ押し潰さんばかりに力を入れている。  まるでバスケットボールを持つように、オレの頭を掴んでいる。  マズイ。  これは頭が潰されるやつだ。 「バカか!?」  藤堂の怒声と共に負荷も無くなったので、大きく息を吐いた。  見ると、藤堂が弓月さんの腕を掴み上げているところだった。  助かったけど、それはそれで藤堂が心配だ。  弓月さんのご機嫌は大丈夫だろうか。 「オレがいつどんな顔しようと、お前に関係ないだろっ」 「あるんだよ」  そう言い切った弓月さんがニヤリと不敵に笑った。  元々の顔の造りが良い所為か、それとも危険な性格をしている所為か、とても不吉な笑みに見えてしまう。 「今回は特別サービスな。一肌脱いでやろう」 「はぁ?」  唐突な弓月さんのセリフに、藤堂が眉間に皺を寄せた。 「なんだよ、サービスって」  怪訝な表情で見上げる藤堂を、弓月さんは面白そうに見ている。 「協力してやるよ、元鞘の」  2人の会話の最中、オレの事なんて忘れたかもしれない、という微かな希望はそんな一言で否定された。  気にかけてくれるのは嬉しいけど、ちょっと方向がズレているような…。  しかも、弓月さんが協力してくれる気になったのって、藤堂が大袈裟に騒いだからだよな。  オレの事はこれっぽっちも心配なんてしていない。 「利がそんな事言うの、珍しいな」 「後でお前も脱げよ」 「……マジでバカ」  呆れ返った藤堂の一言には殺意のようなものが混じっていた、と思う。  可愛い顔が、苦虫を噛み潰したようになっている。  でも弓月さんはとても楽しそうなので、まぁいいのだろう。  ふと、ここにいたら邪魔なのかもしれない、と居心地が悪くなってきたのとほぼ同時に、弓月さんがこちらを向いた。  目が合って、気まずく愛想笑いをした。  一肌脱ぐと言っていたけど、何をするつもりだろう。  弓月さんが乗り気になっているの、この上なく不安なんですけど。  嫌な予感しかしない。  オレとまた付き合えって脅すとか、普通にやりそう。  それで軽蔑されて決定的に嫌われたら……オレも諦めが付くのだろうか。

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