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第150話 痛みすら包み込むような -1

 校内ではなく家に行け、という弓月さんの助言で、放課後は塚本家に向かった。  弓月さんの圧の前には、「行かない」という選択肢はなかった。  直行するのには心の準備が足りなかったから、時間を潰しているうちに雲行きが怪しくなってしまった。  雨の予報なんか出てなかったよな、とか考えながら改札を出て目的地へ向かって歩き出す。  足取りは重い。  弓月さんは、どうして家に行けなんて言ったんだろう。  オレとしても、あんなたった一言で終われる訳がないって、どこかで分かっていた。  あいつはそれで十分なのかもしれないけど、オレはダメだ。  有島も振られたということは、オレが振られた理由は考えていたものとは違うらしい。  だったら、本当の理由を訊きたいと思ってしまうのは、やっぱりまだ好きだからなんだろうな。  未練有りまくりだ。  学校でするには、ちょっと込み入った話だから、弓月さんの助言は結構有り難いんだけど。  今のオレたちの関係で、突然家に押しかけるって、かなり勇気のいることなんだよな。  なんて、グダグダと考えながら歩いていると、本当に雨が降ってきてしまった。  しかもゲリラ豪雨的なやつで、情緒の欠片もなく痛いくらいに容赦なく襲ってくる。  駅に戻るより塚本家に向かう方が近いと判断して走り出したけど、こんな雨じゃ距離も速度も大して関係なかった。 「はぁ……」  ようやく塚本家に辿り付いた時には、まさに濡れ鼠状態だった。  しかも、着いたら止むし。  オレに何の恨みがあるのか、向こうの方でちょっと陽が出てるし。  意味も無く時間を潰していたのが悪いのか、潰し方が甘かったのか。  ポタポタと髪から落ちる水滴を気にしつつ、塚本家の門前に立って様子を窺う。 「どーしよっかな」  ここまで来てなんだけど、この状態で訪ねるってどうだろう。  制服も鞄も、身につけている全てが雨で濡れている。  雑巾に負けないくらいは水が絞れるぞ。  ただでさえ迷っていたのに、これじゃ今すぐにでも帰りたさ倍増だ。 「どーするもこーするも、中に入れば?」 「うわっ!」  人の家を覗いていた所に、背後から声を掛けられて思わず驚きの声を上げてしまった。 「そんなに驚くかな」  声を掛けたのは、丁度学校帰りの尚糸だった。  成長期だかなんだか知らないけど、前に見た時よりも背が伸びているみたいだ。  大きめの印象だった学ランが、いつの間にかそれ程大きくなくなっている。  水の滴る傘を持っているので、オレのように雨に攻撃されることはなかったらしい。 「その見事な降られっぷり、なかなか無いよね」  オレの状態を見て、少し笑う。  笑い事じゃないっつーの。 「何でこんな所で迷ってんの? 早く中に入ればいいのに」  オレの行動を不思議に思ったらしい尚糸が、痛い所を突いてきた。 「て言うか、兄ちゃんは? 一緒じゃないの?」  それは更に痛い所だ。 「まぁ、とにかく入りなよ」  答えられないでいると、何かを察した尚糸はそれ以上は追求しないでくれた。  その代わり、中に入れと促してくれるけど、帰りたいと思っていたから躊躇してしまう。 「でも、やっぱり帰ろうかと思ってて……」 「帰るって、その格好で電車乗る気?」 「うっ」  指摘されて、改めて自分の姿の酷さを思い知る。  確かに、この濡れ鼠状態で帰るのは躊躇われるけど、駅まで歩いているうちに乾くかも、という希望も無い訳ではない。  制服は無理でも、髪くらいは何とか乾くだろう。 「髪くらい乾かしていきなよ。ついでに服も着替えてさ」  そう気軽に誘ってくれるのは有難い反面、かなり気まずい。 「でも……」 「そんなんで帰したら、俺が兄ちゃんに怒られるっつーの」 「いや…むしろ、オレを勝手に家に入れたら怒ると思うんだけど」 「は? 何で?」  本気で意味が分かっていないようだ。  まだ知らない、と言うよりは気づいていないようだ。  そもそも、尚糸にオレたちの事を報告した事はない。  それなのに、いつの間にか感付かれていたし。  わざわざ自分から吹聴する必要もなく、今回も知られるのは時間の問題だろうな。 「何でって……」 「いいから、早く入れって」  どうにかこの場を収めようとしたのも虚しく、痺れを切らしたらしい尚糸に引き摺られるようにして敷地に足を踏み入れた。  そこからいつもの離れまでは、あっという間の距離だった。

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