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第155話 それは愛しさに比例する -2

 さっきから「好き」とか「愛してる」とか普通に言ってくれてるけど、一体どういうつもりなんだろう。  これじゃ、付き合っていた時と大して変わらないだろ。  あれ?  よく考えたら、こいつの言動っていつもとほぼ同じじゃないか?  帰ってきた時にちょっと様子が変だったけど、今なんて完全にいつものペースだ。  そういえば、何か変なこと言っていたような。 「……あのさ、さっき言ってたイジワルって?」  引っ掛かってはいたけど、タイミングが無くて訊けなかった疑問。  思い返せば、あの一言からこいつの態度は元に戻った気がする。  布団に頭から突っ込んだまま、首をめぐらせて見上げると、少し困ったように笑っていた。 「別れるつもりもないのに、別れたほうがいいんじゃないか、とか言うから」 「!?」  見透かされてた!  弓月さんだけじゃなくて、本人にもバレてたなんて。  それじゃあ、こいつはオレにその気がないと分かっていながら頷いたのか!?  確かに、すっげぇイジワルだ。  てか、イジワルの程度を超えてるだろ。 「瀬口にとって、俺が言う『好き』にはあまり意味が無いみたいだし」 「意味、無い訳ないだろっ」  もし本当に意味が無ければ、もっとオレに余裕があるっつーの。  今だって、さっき言われたやつの動悸が残っているんだぞ。 「だけど、どれだけ言っても疑うだろ」  疑うのではなくて、自分に自信がないんだよ。  と、言ったところで、疑ってない事にはならないから言い返せない。 「疑って、苦しんでるのも知っているから、瀬口の言う通りにしようと」 「……それで、オレが別れる気も無いのにあんな事言ったって分かってて、『そうだな』って言ったのか!?」 「その方がいいかな、と思って」 「いい訳あるかっ!」  理解ができない。  何だ、この既視感は。  ついさっきも同じような感覚を味わったような気がする。  忘れたなら思い出さない方がオレにとって良い、って話だ。  今回も、オレがそう思うならその方が良いからって頷いたって?  しかも、本気じゃないって分かっていながら、意地悪っていうのも自覚して。  信じらんねぇ。 「それじゃ、お前はオレと別れる気は無かったって、こと、か?」 「無かった、と言うより、今も無いけど」 「……今、も?」  こいつの言語は難解すぎて、オレの頭の処理能力じゃついていけない。  ポカンとするオレを見て、更に追い討ちをかける。 「誤解しているみたいだけど、俺はいつでも瀬口が好きだよ」  勢い余って天に召されるかと思った。  頭を撫でながら、甘ったるい笑みを塗してそんな事言われたら、時間どころか心臓が止まってもおかしくはない。  けど、待てよ。 「お前にとってはちょっとしたイジワルなのかもしれないけど、オレがここに来なかったらどーする気だったんだよ!?」  その時はあっさり諦めるとでも言うのか?  そもそも、今日だって藤堂に怒鳴られて、弓月さんに促されてなきゃ、ここには来なかったんだぞ。  どうなんだ、と睨んでやっても、充満する甘い空気に負けて迫力がない。  しかも、少し考えて返ってきた答えは、オレの予想を遥かに裏切るものだった。 「それは、考えてなかった」  考えてなかった、だぁ!?  オレに別れるつもりが無いと分かっていて、お前にもその気が無いのにあんなイジワルをして、それでオレが降参するのを待っていたって事か?  「お前……っ!」  本当の本当に意地悪だ!  ここに来てしまった事を、別の意味で後悔したくなる。 「けどけど、有島の事はどーなんだよ!」  別れる気が無かったっていうのはお互い様としても、忘れてはいけない事実がある。  何しろ、このオレが目撃者だ。 「あの時、屋上でイチャついてただろっ!」  手を退けながら何とか起き上がって、切り札のように言ってやった。  だけど、一瞬驚いたような表情を見せただけで、すぐに「ああ」と納得したように笑いやがった。  やっぱり、心当たりがあるんだな!? 「瀬口が気にするような事は、何もないよ」 「じゃあ、何で笑ってんだよ」  こういう時は、もっと殊勝な顔をするもんだろ。  なのに、不満気なオレを見て、更に上機嫌気味に笑いやがる。 「ヤキモチ妬かれてるなぁ、と思って」  そうだった。  こいつは、オレがヤキモチ妬くのが好きだった。  色々と性格が悪すぎる。 「だって、有島……可愛いし」  あの容姿を見たら、ヤキモチなんか妬くに決まってるだろ。  なのに、こいつは首を傾げて呟く。 「かわいい?」  今更惚けても遅い。 「可愛いだろ。迫られて、その気にならなかったとは思えねぇ」  想像なんかしたくないけど、そんなシーンなら簡単に頭に浮かんでしまう。  あの容姿に迫られて、平常心で拒める筈がない。  じとっとした視線を向けていたら、今まで憎らしいくらい余裕で笑っていた表情が曇った。 「瀬口は、ああいうのが好み?」  オレの言いたかった事とは、全く違う風に伝わってしまったらしい。  ようやく少し真面目な表情になったのはいいけど、思考回路がダメすぎる。  誰もオレの話なんかしてねぇよ! 「ちっがーう!」  オレじゃなくて、お前だろ、お前! 「お前がどうなんだ、って話してんの!」 「俺は、あんまり」  こんな詰まらない嘘を吐く奴じゃないと分かっていても、疑いの目を向けてしまう自分がいる。 「お前は藤堂と付き合い長いみたいだし、あれを見慣れてるからマヒしてんのかもしれないけど」 「と言うよりは、瀬口だな」 「は?」  珍しく、オレの言葉を遮ったかと思ったら、またしても不可解な一言。 「瀬口で麻痺してるから、他に目移りする余裕なんか無い」  こいつの殺し文句製造能力は、オレに対して絶大な威力を発揮する。  至近距離の直撃で受けて、効果ありすぎて苦しい。  そんな事ばかり言うから、恥ずかしいのに笑ってしまう。  こんな時に、にやけた顔を見られたくないから俯くしかない。 「じゃあ、オレがお前のこと思い出さない方が良かったとか、オレが忘れたままだったら有島と付き合ってたかもしれないとか、そういうのは……」  最後まで言い終わらないうちに抱き寄せられた。  もうそれ以上言うな、って。  包み込む腕が温かくて、さっきとは違う理由で泣きそうになる。 「……ごめんな」  受け止めてくれる腕に触れながら呟いた。  もっとちゃんと、伝えれば良かったんだよな。  そうすれば、あんな勢いみたいな感じで早まった事を言わずに済んだかもしれない。  オレって、本当にダメだ。  こうなったらもう、ひたすら謝るしかない。  と、思っていたのに……。 「謝るのは、俺の方だ」  なぜかそんな事を言われた。  何だか分からないけど、もしお前に謝るような事があるんだったら、今のオレは無条件で許すに決まっている。  と言うか、許してもらうのはこっちの筈なんだけど。 「瀬口の気が済むまで怒られるから、今は抱いていい?」  言うや否や、ボスッと布団に押し倒しやがった。  何だ、この展開。  そんな流れだったっけ?  なんでそういう方向に行くんだ?

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