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第156話 それは愛しさに比例する -3
多少の疑問があったとしても、オレは拒めるような立場じゃない。
こいつがオレを好きで、抱きたいって思ってくれているなら、唐突な展開だとしても願ったり叶ったりだ。
むしろ、さっきあれだけヤって、まだ抱けるものなら抱いてみろと言いたい。
「さっき、結構……シた、と思うんだけ、ど」
しどろもどろになりながらも、確かめるように言う。
あまりよく覚えていないけど、いつもより回数多かったから「できんのか?」という意味を込めて見つめてみる。
オレの視線の意図を汲み取ったかどうかは分からないけど、オレを見降ろしながらふわりと微笑んで、自らの中指をペロリと舐めた。
「まだ、したい」
マジか。
それは何とも恐ろしい要望だった。
と同時に、何か変だ、と思った。
「いつもと、違くない?」
訊くと、少し困ったような表情になった。
それから、オレの頭の横に手を付いて顔を寄せてくる。
「今度は、優しくする」
脱衣所での事を言っていると思われたらしい。
確かに、あれは結構怖かった。
だけどオレが言いたいのはそういう事じゃなくて。
「そーじゃなくて、いつもは、こんなに何回もシないし……」
オレの指摘に、唇を重ねようとしていた動きが止まった。
そして、そのまま唇を掠めてオレの鎖骨辺りに顔を埋めた。
濡れた感触が肌を這って、身体がピクリと震える。
「いつもは、抱き潰してしまいそうだから、抑えてた」
だ……。
何か今、とても不吉な言葉を聞いた気がする。
「潰す」っていうのもそうだけど、「抑えてた」っていうのも。
オレは自分の事だけで精一杯で、そんな事考えた事もなかった。
だけど。
いつもいつも、そんな風に思っていたのか。
いつもいつも、幸せ気分で満足していたのはオレだけだったって事かよ。
「……抑えなくても、いいのに」
不満と苛立ちがぽつりと落ちた。
そんな事にも気付けなかった自分に苛立って、つい文句を言うような口調になってしまう。
「壊しそうだから」
顔を上げて、怖い事をさらっと言われる。
そう簡単には壊れないから大丈夫だと思うけど、そんな言い方をされると滅茶苦茶不安になる。
「……それは、困るけど。でも、それって、満足してないって事だろ」
じっと見つめて訊くと、珍しく目が少し泳いだ。
「んー、満足はしてるよ」
「嘘だろ」
即答ではないのが物語っている。
「嘘じゃない」
と言われても、説得力が無いぞ。
「本当は、今日くらい……シたい、んだろ」
正直に言ってくれれば、考慮くらいはしてもいい。
なんて、オレが上から言う事じゃないか。
オレなんかでその気になってくれるなら、とことん付き合いたい気持ちだけはある。
「まぁ、そうかな」
あっさりと頷かれて、若干落ち込む。
オレって本当にダメだな。
受け身でいる事に何の疑問も無かった上に、遠慮されていた事にも気付かなかった。
自分の事ばかりだ。
こんな奴と、よく付き合ってくれたよな。
結果的にオレの勘違いだったとは言え、浮気されても仕方ない。
「壊れるのは困るけど、たまに、なら」
ドキドキしながら、精一杯の歩み寄りを告げた。
が、全く喜んではくれなかった。
「嬉しいけど、瀬口に無理させるつもりはない」
オレに覆いかぶさるようにしていた上体を起こし、少し不満気にそう言った。
慌てて、オレも肘を付いて身体を起こす。
もしかして、その気じゃなくなってしまった?
無理強いしてると思われた?
「だから、無理じゃないって」
「俺だけ気持ち良くても、嬉しくないよ」
伸ばされた手が頬を撫でて、悲しそうな表情と甘い声で心を擽りやがる。
はー。
胸がキュンと痛くなって、また好きになる。
それと、その言葉はそのままお返ししたい。
頬を撫でる手に手を重ねて、負けない気持ちで言う。
「…………オレだって、お前に遠慮されても嬉しくない」
「遠慮じゃなくて、気遣い」
「それもいらない」
重ねた手を自分の口に誘導して、いつもオレを翻弄するその指先を甘噛みする。
息を呑むのが伝わってきたから、少し調子に乗って、舌先を指に押し付けるようにして舐める。
気を遣ってくれるのは有り難いけど、今回ばかりは折れない。
オレだって、少しは喜ばせたい。
と決意した直後に、気持ちを折るような一言が聞こえる。
「じゃあ、朝まで抱きたいって言っても、平気?」
穏やかな顔して、結構エグイ事を言いやがる。
しかも、まるで「お前には絶対にできない」と言っているように聞こえた。
揶揄われているのかと思ったけど、オレが頷けばきっと本当に朝まで抱かれるに違いない。
首を横に振れば、そうはならないだろう。
あ。
今のは、気遣われるのに慣れてしまったオレの悪い思考だな。
気遣いを否定しておきながら、完全に受け入れている。
甘えるのが当たり前になってしまっている。
矛盾に気付いたところで、今更キャラを変えられる訳もなく。
「……訊かれると、ダメって言いたくなる」
相変らず、口から出てくるのは可愛くない言葉だ。
自分の立場が分かってない、偉そうな言い方。
けど、反省するオレなんてお構いなしに、降ってきたのは少し弾んだ声だった。
「じゃあ、訊かない」
本当にお前は、オレを苛めるのが好きなんだな、と思わずにはいられない生き生きとした表情だ。
オレが服を着ていなかったのはこの為なんじゃないか、と疑いたくなるような展開。
そもそも、こいつはオレにイジワルをしていただけなんだから、こうなるのを予想していても不思議じゃない。
という事は、上手く乗せられているんじゃ……?
なんて、頭を過ぎりかけた時には、そんな事はもうどうでもよくなっていた。
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