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《番外》思うようには進まない -1【塚本】

 ○154話の翌日の塚本視点です。  その日、塚本が登校したのは、始業から2時間程遅れてのことだった。  教室まで辿り着いて自分の席に座ると、どこからとも無く藤堂が現れた。  まるで見張っていたかのようなタイミングだ。 「説明してくれる?」  普段は大きな藤堂の瞳が、塚本を睨むように細められている。  ただでさえ藤堂にはあまり話しかけられたくはないというのに、「今から怒るぞ」という雰囲気が嫌という程伝わってきて、教室ではなく屋上へ行くのだったと後悔した。 「何を?」 「今日、瀬口が休んでる理由」  そっと訊いてみると、喰い気味に答えられた。  確かに、藤堂が気にするのはそのくらいだろう。  とは言え、ペラペラと簡単に喋るような内容ではない。 「それは、しなきゃいけない?」  なるべく目を見ないように、顔を逸らしながら言う。 「だったら、説明したくない理由を教えて」 「質問、変わってなくない?」 「なくない」  きっぱりと言い切られて、思わず顔を上げた。  藤堂の疑うような目が、こちらをまっすぐ見据えている。  塚本に対しての信用は無いようだ。 「そもそも、俺が理由を知ってるって決めつ……」 「知らない筈ないよね!」  塚本の言葉を最後まで待たず、噛み付くように言う。  誤魔化そうとする塚本を、逃がすものかと掴んで放さない気迫を感じる。 「彼織ちゃんが怒るような理由じゃないから、大丈夫だよ」  なるべく地雷を避けようと、優しく当たり障りのない表現を使った。 「オレが怒る理由って、何だよ」  何を言っても、藤堂は怒る気でいるらしい。  眉間に寄せた皺が一層深くなった。 「俺が瀬口を振った、とか」  言いながら、口にするのも嫌な言葉だ、と少し気分が下がる。 「それで有島と付き合う事になった、とか?」  嘲笑うように藤堂が付け足す。  それは、瀬口が気にしていたことだった。 「彼織ちゃんて、どこまで知ってるの?」  もしかしたら、当事者の塚本よりも事情に詳しいのではないかという疑問を抱きつつ訊く。 「別に知りたくて知った訳じゃないよ。昨日は、有島が瀬口にイチャモンつける所に居合わせたから」 「それで、庇ってくれたんだ?」  自分がその場に居合わせなかった事を悔しく思いつつ、藤堂がいてくれた事に素直に感謝した。  弱気になっていた瀬口の事だから、一人きりだったら思考は更に悪い方向に向かっていただろう。  そんな塚本の心情は、藤堂には筒抜けだったらしい。 「うーわー、マサくんのクセに彼氏面してる」  心底嫌そうな表情と、からかうような口調で藤堂が言う。 「彼織ちゃん…」  反論できずに、名前を呼ぶだけで精一杯だった。  残念ながら、「クセに」と言われては受け入れるしかない。 「庇うって言うか、ただムカついたから噛みついてやっただけ」  塚本の苦情になっていない呻きをスルーして、藤堂は何事もなかったかのように話を進めた。  藤堂は何でもないことのように言うが、噛み付き方はかなり激しかったのではないだろうか。  その光景が目に浮かぶようだ。 「利が瀬口にマサくんの所に行けって言い出したし、ちょっと気になってさ」 「彼織ちゃんは、本当に瀬口贔屓だよね」 「別にヒイキしてる訳じゃないよ」  照れているのか、藤堂の口調が柔らかくなった。 「じれったいから横やり入れたくなっちゃうんだけど、それが悪い方に転がっちゃったら嫌だなって思っただけ」  お節介だという自覚のある藤堂は、自分の言動で掻き回してしまった出来事に責任を感じているようだ。  その責任感の強さが、弓月をイラつかせる原因になっているのだろう。  弓月が、自分以外の事を気にする藤堂を快く思わないのは確かめる必要のない事実だ。 「彼織ちゃんのおかげで、上手くいってるよ」  社交辞令でも何でもなく、藤堂がいなければ塚本と瀬口の今の関係は成立していないだろうから。 「そう思ってるの、マサくんだけじゃないの?」  疑り深い視線に刺されながら、いつになったら藤堂は自分の教室に戻るのだろうと、黒板の上に設置されている時計を見やった。 「それで?」  腰に手を当てた藤堂が、険しい表情で再び質問をする。 「瀬口はどうして学校に来ないの? ちゃんと元気なの?」  塚本の返答によっては容赦しない、という雰囲気だ。  問われて、暫し考える。  厳密に言えば「元気」ではない。  きっと今も、塚本の布団で泥のように眠っているだろう。  快楽だけを与えたかったのに、瀬口に煽られて無茶をしてしまった。  欲望のままに抱き潰してしまったので、次からは過度に警戒されてしまわないだろうかと不安になる。  けれど、と昨晩の瀬口を思い浮かべる。  ぐちゃぐちゃに混ざり合って動けないでいる身体を、拘束するように後ろから抱き締める。  中に注ぎきっても、まだ留まって居たい。 『はぁ……んっ』  ゆるゆると奥を刺激してやると、下半身にクる甘い声が漏れる。  身体を弄っても甘い吐息が零れてくる。 『も……っ、やぁ』  泣きながら弱音を吐くのも愛おしい。  後でどれだけ謝ればいいのか検討もつかない状況だというのに、つい心が弾んでしまう。  腕の中に瀬口がいる。  繋がっている。  受け入れてくれている。  何度「好きだ」と言っても足りない。  あと、どれだけ抱けば伝わるのだろうか。  胸の奥が甘く疼く。  ひたすら優しくしたい気持ちと、追い詰めて泣かせたい気持ちが鬩ぎ合う。 『まさ、と……ぁ、ん……好き、だから』  力無く伸ばした腕がシーツの上を滑る。  その手に自らの手を重ねて引き戻し、更に深く身体を寄せる。  掻き混ぜるような塚本の動きに、瀬口は耐えられないと懇願する。 『もっ、これ以上……きもち、良っ……ひぁ、ん、しなっ……で』  振り絞るような瀬口の告白を受け取って、平常心でいる事の方が難しい。  二度としたくない、と言われる恐れもあった。  夢の中では何度も「嫌いだ」と言われ絶望していたが、現実は遥かに甘く擽ったい。  瀬口からの貴重な「好き」を聞けた喜びを、全身で表しているうちに夜は更けていた。 「瀬口なら、大丈夫だよ」  昨夜の情景と、疲れ果ててスヤスヤと眠る寝顔を思い浮かべながら答えると、藤堂の顔が引き攣った。 「……ちょっと、気持ち悪いんだけど」  思わずだらしなく歪んでしまった塚本の顔を見て、呆れかえった反応が返ってきた。  見ていられない、と言うように溜め息を吐いて、それで全てを察してくれたようだった。

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