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《番外》思うようには進まない -2【塚本】
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あまり足を踏み入れる機会のない3年生の教室を訪れたのは、昼休みになってからだった。
順調に進級していたなら、今頃は塚本もこの廊下を行きかう生徒の一人だったのだが、そうではない今は部外者のような立場なので多少の居心地の悪さはある。
顔を合わせたくない人物もいるので、なるべく早く立ち去りたいのだが、目的の人物を探し出すまではそうもいかない。
休み時間なので、教室にいるとも限らない。
という覚悟をしていたが、目的の人物とはすぐに出会うことができた。
「随分と珍しい人が来たなぁ」
訪ねてきた塚本を見て、野坂諒 は独り言のようにそう言った。
ある程度の予想はしていたらしく、それほど驚いた様子ではない。
「俺も、来るつもりはなかった」
塚本も本意ではない事をそれとなく伝える。
「心当たりならあるから、単刀直入に言ってもらっていいよ」
廊下の壁に寄りかかりながら、野坂は淡々とそう言った。
「瀬口に、余計な事をするな」
「本当に簡潔だなぁ」
遠慮なく用件を言うと、野坂は困ったように苦笑した。
「てっきり、隠し撮りの事を言われるのかと思ってた」
「そんなものは、今更だろ」
「なるほど」
塚本の返答に、野坂は意外そうに呟いて考え込んだ。
「これ以上掻き回されるのは、迷惑だ」
続けて言うと、野坂が顔を上げて塚本を見た。
「自分を隠し撮りされるのはいいけど、瀬口くんは駄目なんだ」
「当然だろ」
撮られている事なら知ってた。
害になるようでもなかったので、何もしないでいただけだった。
しかし今回、瀬口に影響があった事で黙っている事はできなくなった。
昔の塚本の写真を見て喜んでいるうちはまだ良かった。
身に覚えの無い関係を匂わすような一瞬を切り取られた上に、瀬口に勝手な憶測まで吹き込まれた。
結果的に、それを利用したので強くは言えないが、控え目に言ってもかなり怒っている。
「じゃあ、瀬口くんの隠し撮りとか、絶対に許せない?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた野坂が、窺うようにそんな事を言う。
「……あるのか?」
自分以外にそれの需要があるのかと思うと、自然と眉間に皺が寄ってしまう。
「怖いなぁ。無いよ」
思わず睨んでいたらしく、野坂が引いた。
あるならあるで、また別の問題が発生していた所だった。
「まぁ、俺も好きでやった訳じゃないし、ヤメロって言うなら止めるよ」
野坂はあっさりと頷いた。
しかし、これだけ塚本に迷惑を掛けておいて、どうでもいい事のように言われるのは少し不愉快だ。
「だけど、有島には塚本くんから説明してくれるかな」
「どうして、俺が」
随分と簡単に了承してくれた、と思ったのも束の間、面倒な事を押し付けられ、塚本の表情が曇った。
正直な塚本の顔を見て、野坂が笑う。
「俺が言っても納得しないからだよ」
そんなものは、塚本の知ったことではない。
納得しようが、しなかろうが、止めさせる以外の選択はないのだ。
「別に、説明してくれなくてもいいけど、またどんなちょっかい出すか分からないよ」
他人事のように野坂が呟いた。
文句を言う立場にあるのは塚本の筈なのに、やんわりと脅されている気分だ。
しかし、そう言われてしまっては、しない訳にもいかない。
野坂が瀬口に余計な事をするのが有島の差し金だというのなら、この際一言物申すのも吝かではない。
が、目の前の野坂にもかなり腹を立てているので、素直に頷く気にはなれなかった。
「その機会があったらな」
若干の不条理さを感じつつ、請け負う余地を残すように答えた。
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