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第158話 切ない気持ちが重なって -1

「瀬口くん」  教室近くの廊下を歩いていると、諒くんに呼び止められた。  一瞬身構えてしまったオレに気付いているのかいないのか、諒くんは目の前までやってきた。 「これ、渡したくて」  と言って、何やら封筒を差し出した。  全く愛想の無い茶色の封筒を受け取って中を見ると、この流れとしては恒例の写真が入っていたから、少しドキッとした。  取り出してみると、この前注文した体育祭の写真だった。  何となく、諒くんから写真を渡されると例の隠し撮りなんじゃないかと思ってしまうけど、今回はオレが選んで頼んだものだ。 「もう出来たんだ?」  思っていたよりも随分と早い出来上がりだったから、ちょっと驚いた。 「本当はもっと時間をもらうんだけど、瀬口くんのは特別に」 「へー」  その言葉の裏に何があるのか考えて、相槌がちょっと疎かになる。  前みたいに一枚一枚見て喜ぶ気分にはなれなくて、写真は封筒に戻した。  後でゆっくり堪能しよう。 「ありがとう」  嬉しいには変わりないから、お礼は言っておく。 「いらないって言われると思ってたのに」  ちょっと残念そうに、だけど笑いながら諒くんが言った。  本性、とまではいかないけど、尻尾くらいは見えた感じ。 「どうして?」  と、あえて訊く。 「別れた頃だと思ったから」  意外にも、結構あっさりと本心を言った。  隠す気は無いらしい。 「諒くんがそう仕向けたんだろ」  写真で釣っておいて、オレが動揺するような事を吹き込むんだからな。  しかも、思いっきり有島の味方だし。 「まぁ、そうなんだけど。そうならなかったな」  例え本当にそう思っていたとしても、そんなに残念そうに言わなくてもいいだろ。  こっちが悪い事したみたいな気分になってしまう。  大体、オレと誠人の事なんて、諒くんには直接関係ないじゃないか。  いくら有島が誠人を好きだからって、別れるように仕向けるとかありえないし。 「そんなに有島に尽くしてどうすんの?」  有島の希望通りにオレたちが別れたとして、諒くんにはメリットなんてないような気がするんだよな。  隠し撮りをしなくて済むとか言っていたけど、そんなに嫌なら止めればいいし、有島の為に撮っているなら理由にしては少し弱いような。  と言うか、諒くんって基本の考えが有島優先っぽい。  誠人と有島が付き合えるように小細工するなんて、自分の首を絞めているとは思わないんだろうか。  例え、有島に頼まれたんだとしても、断ればいいと思うんだけどな。 「別に、どうもしない」  オレのちょっと嫌味っぽい質問に、諒くんは穏やかな表情でそう言った。  言葉通り、何かを期待しているとは思えない。  諒くんてどういう人なんだろう。 「それでいいんだ?」  ちょっと気になったから訊いてみた。  何か理由とか、目的とか、下心のようなものは無いのだろうか。  普通はあるよな、そういうの。  写真だって、タダじゃないだろうし。 「そういうのも、いいだろ」  同意を求めるように、小首を傾げて薄く笑う。  求められも困るんだけど。  そう言えば、最初に会った時にシロが言っていた「マゾっぽい」という言葉を思い出してしまった。  これもそれに当てはまるのだろうか。 「オレに迷惑が掛からなければね」  興味を持った、と思われるのが癪で、やや強気に言った。  だけど本心でもある。  諒くんがどれ程の尽くし体質だろうが、基本的にオレにはどうでもいい事だ。 「瀬口くんって、そういうカンジなんだ」  突き放したような言い方だった所為か、諒くんは意外そうにそう言った。  オレってどういうイメージなんだろう。 「大抵の奴はそうだろ。それとも、諒くんにはオレがそんなにお人好し見えんの?」  訊くと、諒くんはまるで「見えない」とでも言いた気に、困ったように笑った。 「今回は、さすがに塚本くんにも怒られたし、俺からあげられる写真はそれが最後だね」  残念そうな一言に引っ掛かった。 「誠人が?」  今の言い方、まるで直接誠人から何か言われたみたいだった。  諒くんと会ったなんて話、聞いていないぞ。 「隠し撮りの事はずっと黙認してくれていたみたいだけど、瀬口くんが関わるとNGみたいだ」  さらりと聞こえた言葉に引っ掛かる。  今の言い方って……。 「黙認って事は、あいつ撮られてたの知ってたってこと?」  聞き返すと、諒くんは静かに頷いた。 「そういう言い方だったよ」  マジで?  信じられねぇ。  隠し撮りされてるって気付いて、そのままにしておく神経が理解できない。 「彼は、本当に大らかだよね」  感慨深気げに諒くんは言うけど、オレはそうは思わない。 「ただ単に、文句を言うのが面倒だっただけだろ」  撮ってる奴を捕まえて文句を言って二度とするなって念を押す、って結構な労力いるよな。  誠人がそんな面倒な事をしている姿が想像できない。  だけど、普通は気持ちが悪いからその労力を惜しんでる場合じゃないんだって。  無精にも程がある。 「それは、瀬口くんが関わると面倒じゃなくなるって言いたいのかな?」  オレの何気ない呟きを拾った諒くんが面白そうに言う。 「言ってない」  そこまで図々しい発想に至るほどの余裕はない。  指摘されて気付いたくらいだし。  まぁ、言われてみればそうなんだろうな、という気分ではあるけど。 「表情は正直だね」  無意識に得意気な顔でもしていたらしく、またしても茶化されてしまった。  どうしたら感情が顔に出なくなるんだろう、と首を傾げながら頬を撫でた。

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