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第159話 切ない気持ちが重なって -2

□ □ □  屋上の扉を開けると、そこには誠人と有島がいたので思わず閉めてしまった。  扉を背にして、ちょっと冷静に考える。  条件反射でつい閉めてしまったけど、このまま逃げてはダメなんじゃないだろうか。  と言うか、逃げる必要ないよな。  むしろ、堂々と2人の間に割って入るのが筋か?  同じ事を繰り返すのも何なので、再びそーっと扉を開ける。  隙間から覗くようにして顔を出すと、2人分の視線がこちらに向けられていた。  顔が笑ってる誠人と、明らかに不機嫌な有島の表情が対照的で、正反対な感情を向けられている身としては戸惑うしかない。  つーか、笑ってないでお前が何とかしろよ、誠人。 「ゴメン、ちょっといいかな」  空回りする覚悟で、明るくそう言って2人に近づく。  やや誠人寄りに立ち止まって、有島と向き合った。  正に、対峙って感じ。 「わざわざ報告する必要もないんだけど、一応伝えておいた方がいいかなと思って」  自分でも良く分からない前置きだ。  教えてやる義理なんてないけど、言っておかないと気分がすっきりしない。 「オレたち、別れないことになったから」  背中に誠人の視線を感じるのは、きっと気のせいじゃない。  しかも、笑っているに違いない。  見なくても分かる。 「はぁ!?」  怒声に近い叫びだった。 「そんな勝手なっ!」 「ごめん」  と謝ってから、謝る必要がなかったことに気付いた。  けど、何となく申し訳ないような気分になってしまうのは何故だろう。  単純な表現しか思いつかないけど、有島がカワイイからかな。  小さい子のワガママを聞いてあげられなかったような感覚に近い。 「謝って済むか!? と言うか、そんなにコロコロ変わるモンじゃないでしょ! ふざけてんすか!?」 「ふざけてはいない。大真面目に、交際続行って事になって」 「それじゃあ、誠人さんがオレと付き合うって話はどうなるんですかっ」  勿論、なかったことにしてもらうんだけど。  一応本人に確認を、と思い後ろを見ると、まるで他人事のようにこちらを見ている誠人がいた。  こいつ、話題の中心である自覚無しだな。 「どうなるんですか、って訊いてるけど?」  答える気が無さそうだったから、オレが訊いてやる。  オレが答えてもいいけど、それじゃ有島が余計に怒ると思うんだよな。 「元々、そのつもりはなかった」  何の感情も乗っていない、清々しいほど残酷な言い方だ。  オレとしては嬉しいけど、ちょっと有島が気の毒だな。  悲しげに歪んだ有島の表情が、次第に睨むようなものに変わっていく。  その視線の先には、当然オレがいる訳で。  泣きそうな顔で睨まれると、罪悪感に苛まれて仕方ない。  藤堂もそうだけど、カワイイ奴が睨んでも結局カワイイの範疇から抜け出せないんだよな。 「どうして瀬口さんなんですか!? オレの方が絶対に可愛いし、絶対に誠人さんの事好きなのに!」  それは、前にも聞いたな。  誠人の事に関しては譲れないけど、可愛いのくだりは全く異存はない。 「瀬口さんよりもずっとずーっと前から好きなのに…っ!?」  悔しさを隠す事のない有島の叫びを聞いているうちに、思わず抱き締めてしまった。  大きなぬいぐるみを抱くみたいに、ギュッと。 「はぁ!? ちょっと、何してんですかっ!」  当然、有島は怒る。  だけど、何となく手放せない。  前に同じ事を言われた時にも思ったけど、有島とオレって紙一重な気がするんだよな。  オレは有島みたいに自分に自信なんか無くて、どれだけ誠人を好きでもそれを盾に文句なんか言えないけど。  少しきっかけが違っていたなら、有島の望む展開もあったんじゃないかって思えて仕方ない。  そんな風に考えていたら、目の前で叫ぶこいつを自分と重ねてしまった。  あのまま感情をぶつけられたら、同じかそれ以上のストレートな言葉で応戦してしまいそうだったんだ。  ただでさえ傷ついているのに、これ以上何か言うのは可哀想、って同情しちゃったんだよな。  それで抱きしめるってどうなんだ、って思うけど、有島の気持ちも分かるぞ、という気持ちも込めてぎゅっとした。  そんな気持ちは全く伝わっていないだろうけどな。 「いい加減にしてください!」  思いっきり振り払われて、有島は腕の中から逃げていった。 「何なんですか、一体!?」 「ごめん。ちょっと可愛かったから」 「あんたに言われなくても知ってます!」  きっぱりと言い切った。  オレには一生言えないセリフだ。  こういう所は全く違うんだけどな。  同じ奴を好きだというだけで、シンパシーを感じちゃったんだろうか。 「大体、可愛いからってこんな事するなんて変態ですか、あんたはっ」 「そうじゃないけど、黙るかなと思って」 「すみませんね、煩くて!」  有島はヤケになったように怒鳴る。 「瀬口さんに何を言っても無駄だっていうのは、よーっく分かりました」  そして、視線をオレの後ろへと向ける。  そこには、ずっと黙ってこと成り行きを見守っていた(というより、ただ見ていた)誠人がいる。 「誠人さんは、本当にこんな人なんかでいいんですか!? 絶っ対に変です。と言うか、変態ですよ!?」  本人を見の前にして、そんなにはっきり訊かなくても…。  様子を窺うように後ろを向くと、何だか不思議な表情の誠人がこっちを見ていた。  いつものように余裕で笑っているのかと思いきや、何か言いた気でちょっと険しい表情にも見える。  何か不満でもあるのだろうか。 「誠人さん!」 「あまり、瀬口を悪く言わないでくれ」  せっつくような有島の催促に、ようやく誠人が口を開いた。  珍しく神妙な面持ちで、じっと有島を見つめる。 「言われる度に、お前が嫌いになる」  こんな状況で何だけど、その場に崩れ落ちるかと思うくらい力が抜けた。  庇ってくれたんだっていうのが、凄く嬉しくて。  だけど、同じくらい恥ずかしくて、やっぱり膝から崩れ落ちそうだ。  こいつは、そんなセリフを真顔でよく言えるよな。  オレには到底真似できない。 「……ごめんなさい」  消え入りそうな有島の声が聞こえた。  ガックリと肩の落ちた有島が、一層小さく見える。  オレが出来ることがあるならしてやりたいけど、誠人だけは譲れないんだよ。  どれだけ有島が誠人を好きでも、こればっかりはなぁ。  幸い、誠人の言う事は素直に聞いてくれるみたいだし。  それで納得してくれるといいな。  無理かなぁ。  ずっとずっと好きなんだもんな。  何だか無性に申し訳ない気持ちになってしまうのは、一度は別れる覚悟をした所為だろう。  その事で、有島に変な期待をさせてしまったに違いないから。  結局、オレのすること成すこと全てが、有島の癪に障るんだろうな。

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