178 / 226

《番外》悔みだしたらキリがない -1【藤堂】

※藤堂(高1)と弓月(高2)の話です。 ※細かい事は気にせずにお読みください。 ○藤堂視点です。  同居人の弓月(ゆづき)(とおる)は、色々と問題の多い人間だ。  体内時計が昼夜逆転しているから、放っておけば昼、てか夕方まで寝てるし。  好き嫌い多くて、食べたい時に食べたいものを食べたいだけ食べる、筋金入りの偏食家。  掃除も洗濯も嫌いで、オレが片付けなければ、私室は寝る場所だけ確保できればいい状態になる。  性格は、「最悪」の一言に尽きる。  ワガママで、自己中で、傲慢で、すぐにキレて、そのクセ脆い。  と言うより、脆い自分を庇いたくて横柄なのかもれしない。  と、理解してみたところで、「最悪」なのには変わりないけど。  昔はもう少し可愛気があった、と思う。  と言っても、自分が4、5歳の頃だから、はっきり憶えている訳じゃないけど。  でも、嫌な印象なんて無かった。  父親同士が友人で、利とは歳も近かったからよく一緒に遊んでいた。  利と、利のお姉さんの(ともえ)ちゃんと3人で過ごしたのは楽しい記憶として残っている。  理由は憶えていないけど、小学校に入る前には弓月家の人達には会わなくなっていた。  それなのに、中学生の時に再会したらもうこんな状態で、ムカツク事ばかりだ。  そりゃ、悠々自適な一人暮らしに、オレみたいなのが居候としてやってきたら目障りだったかもしれないけど、そもそも未成年のクセにマンションに一人暮らしとか贅沢すぎだ。  これだから金持ちは。  弓月家も豪邸だし。  築40年以上のボロアパート暮らしだったオレには異世界だ。  そのボロアパートの家賃の支払いすら滞るくらいの貧乏家庭だった我が家に救いの手を差し伸べてくれたのが、十数年ぶりに再会した利のお父さんだった。  勝手気ままな生活を送っている利のお目付け役(という表現が合っているかは不明だけど)として、当時まだ中学生だったオレを送り込んだのだ。  なんて大袈裟な言い方だけど、要は住み込みの家政婦さん的やつだ。  頼りない父と二人暮らしで、家事全般はオレの役目だったからその辺りの心配はなかったけど、中学生をそんな風に使うか? という疑問を抱いてしまったのは否めない。  最初は数ヵ月の予定だった居候は、今では無期限に延長されている。  オレが、ただのお目付け役ではなくなってしまったから。  月に何度かは、同じベッドで朝を迎えるような仲になってしまったから。  ムカツク奴だけど、今更一人にしたら野垂れ死ぬだろうし。  ムカツク奴だけど、もう少し世話をしてやってもいいかな、くらいの情はある。  ムカツク奴だけど……どうしてもと言うなら傍にいてやってもいい。  何かにつけてヤりたがるのも、まぁ、それだけオレを離したくないって思っているなら許してやらないこともない。 「お前、いい加減にしろよ!」  午前7時半。  何の変哲もない通常の平日にも関わらず、まだベッドの中で就寝中の利を叩き起こす時間。 「学校に遅れるっつーのが、どうして分からないんだよっ!!」  掛け布団を剥いだくらいじゃ全く意味がないから、ガシガシと足で蹴ってみる。 「どーせ、また寝るのが遅かったんだろ。朝起きられないなら、早く寝ろって何度言わせれ、ば……っ!」  調子良く利を蹴っていた足を、不意に掴まれた。 「痛てぇ……」  オレの足を掴んだまま起き上がった利が、寝ぼけたまま機嫌最悪の形相でこっちを見た。  ヤバイ、と思った時にはもう遅い。  グイッと足を引っ張られて、気がつけば視界には天井が広がっていた。  下がベッドだから背中が痛くなくて良かったけど、上に圧し掛かられたんじゃ場所なんてどこでも大差ない。 「朝から痛てぇんだよ、このガキ」 「起きろって言ってんのに、起きない利が悪いんだろっ」 「だからって蹴るか? 無抵抗の人間を」 「無抵抗の人間はこんな反撃しねぇよ!!」  片足と襟を掴まれ押さえ込まれて、自由に動かせるのは口だけになってしまった。  悔しいコトに、こんな状況はあまり珍しくない。  だから、こんなコトで怯んでいられない。 「それに、こっちは親切で起こしてやってるんだぞ!」 「親切??? 腹癒せの間違いじゃねぇの? いっつも俺に虐められてる仕返しだろ」 「オレは利みたいに陰険じゃねぇから、そんなのは根に持たねぇんだよ。つーかお前、いつもいつもオレの事自覚して虐めてたのかよ!」  ムカツク~~~!  こっちは、学校に遅刻しないようにとか、苦手なものでも食えるようにとか、洗濯物はシワになら ないようにとか、諸々…利の事を考えてやってるのに、何だよ、こいつはっ。  そりゃあ、大体いつも意地悪だけど、そういう性格なんだから仕方ないって思ってたのに。  わざと虐めていただと!?  オレが利の一言に引っかかっていた間、利は利でオレの一言に引っかかっていた。 「『陰険』だぁ!? 彼織は本っ当にカワイイよなぁ!」  表情とセリフが合ってねぇ。 「うわっ…ちょっと、何してんだよ、コラ!」  既に登校準備万端のオレを嘲笑うかのように、着ている制服を乱してきやがる。  折角支度したのに脱がされてたまるかっ。 「彼織は俺みたいに陰険じゃねぇから根に持たねぇんだろ? だったら、何してもいいよな」  と言いながら、利の手がシャツをたくし上げる。 「だ か ら! お前は何をしてんだって訊いてるんだろ!」 「脱がしてんだよ」 「何で!?」 「ナニしても許してくれるなんて、いやぁ~、心が広いなぁ。さっすがカオリちゃん」  全然人の話聞いてねぇよ、こいつ。  誰がいつ、「何をしても許す」なんて言った?  飛躍しすぎだっつーの。  楽しそうなのが更に最悪。 「放せ、このバカっ!!」  めちゃくちゃに暴れて、何とかベッドから這い出る事に成功した。  オレが逃げられたって事は、利は本気じゃなかったって事だ。  からかわれただけ。  これも虐めの一つか? 「何だよ。逃げんじゃねぇよ」  ベッドに座ったまま、ケラケラと笑いながらオレを見る。  そんな目で見るなよ。  オレの事、そういう風にしか見てないような目で、こっちを見るな。 「利なんか大嫌いだ」 「へぇ」  それが嘘だと知っている利は、相変わらず人をバカにしたように笑っている。  そうだよ。  大嫌いだなんて嘘だよ。  オレはいつも嘘しか言わないけど、利はオレの嘘をいつも見抜く。  それが悔しいのに、少し嬉しくて。  だけど、今は100パーセント悔しい。 「もう二度とオレに触るんじゃねぇ!」  あまりの悔しさに、後先考えないで叫んでいた。  でも、そのくらいの気持ちでいたのは確かだ。 「二度と? ……って、一生?」 「一生!」 「ふざけんなよ、てめぇ。んなの無理に決まってるだろ」  オレもそう思う。  自分で叫んだくせに情けないけど、一緒に暮らしている以上は不可能だ。  と気づいても、今更訂正なんてできない。 「つーか、もし本気で言ってんなら、浮気すんぞ」  利は、まるで切り札を使うみたいにそう言った。  それでオレが謝ると思っていやがる。  だから、オレは絶っ対に謝らない! 「すれば?」 「は?」 「できるもんなら、勝手にすればいいだろ」  怒りは通り抜けて、やけに冷たい声が出てきた。  実に効果的だったけど、こっちまでダメージを受けるような冷たさだった。  自分のセリフで胸が痛いなんて、オレってすっげぇバカ。  言い捨て、そのまま家を出てきてしまったから、その後に利がどうしたかは知らない。  これで、本当に利がオレじゃない誰かの所にいってしまったらどうしよう。  考えただけで、ムカムカする。  だったら自分で言うなよ、って話だけど、口から出ちゃったんだからしょうがない。  もし本当にそんな事しやがったら、一ヶ月は飯作ってやらねぇからな。

ともだちにシェアしよう!