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《番外》悔みだしたらキリがない -2【瀬口】

○瀬口視点です。  藤堂の様子がオカシイ。  ……のは、それほど珍しくない。  原因は大体、弓月さん。  今回もきっとそうに違いないんだろうけど、それでもやっぱり、いつもよりオカシイ気がする。 「マサくん、マサくん」  藤堂は、ダルそうに自分の席に座る誠人に向かって甘えるような声を出した。  横で聞いていたオレは、藤堂の声にややビクリとしながらも、平常心を装いながら持っていたペットボトルの蓋を開けて様子を伺っていた。  そして、当の誠人とは言えば、全くやる気無なさそうに顔を少し上げただけだった。  カオリちゃんの可愛さに全く動じてない。  まぁ、どれだけ可愛くても藤堂は男なんだから、何か感じる方が問題なんだろうけどな。 「もし瀬口がしてもいいって言ったら、浮気する?」  ゲホッ、と飲んでいたジュースを噴出しそうになった。  口の中に入れる前で良かった。  ……って、問題はそこじゃない。  このオレが「浮気してもいい」なんて、そんな危険極まりない事を言う筈ないだろ!  万が一にもあり得ない。  なのに、藤堂は真剣な表情で誠人の答えを待っている。 「浮気、する?」  まだ言うか! 「しない」  誠人もフツーに答えるし。  でも、否定してくれたから、まぁいいや。 「瀬口が『いい』って言っても?」  食い下がるなっ。 「しない」 「絶対?」 「俺、二股は嫌いだから」  そういう問題じゃねぇよ、塚本誠人!  しかもこいつの場合、「面倒だから」とかいう理由で嫌いっぽいのが嫌だ。 「それに、瀬口はそんな事は言わない」 「うっ…」  突然飛んできた矢にグサッと撃たれてしまった。  仰る通りです。  絶対に言いません。  だから、「もし」なんてあり得ないのです。 「瀬口を好きだから、とは言わないの?」  ガゴンッ! という鈍い音が響いた。  オレがペットボトルを床に落とした音だ。  ちゃんと蓋を閉めておいて良かった。  ……じゃなくって! 「大丈夫か?」  落としたボトルに手を伸ばすオレへ、藤堂が心配そうに声を掛ける。  黙れ、元凶。 「藤堂が変な事を言うからだろ」  頼むから、これ以上恥ずかしい質問はしないで欲しい。 「だって、羨ましいんだもん」 「……コレが?」  あまりにも藤堂が可愛く言うので、思わず誠人を指して確認してまった。 「いいなぁ、瀬口はいつも平和で」  「いつも」って訳じゃないけどな、と出会ってからの出来事を思い返してみた。  確かに平和の割合の方が大きいけど、なかなかに際どい事もあったし、個人的には藤堂に羨ましがられる程平和ではなかったと思う。 「オレも、マサくんを好きになれば良かった」  何気ない藤堂の一言に、オレは瞬時に凍りつき、誠人は椅子から立ち上がって周囲を警戒するように見渡した。 「彼織ちゃん、そういう事を言うと、俺が殺されるから」  警戒は弓月さんに対してだったらしい。  確かに、冗談でも藤堂のそんなセリフが耳に入ったら、弓月さんは暴れ狂うだろう。  今のはオレも暴れそうだったけど。 「別に、言うくらい平気だよ」  平気じゃねぇよ。  少なくとも、オレの心中は。  藤堂がライバルだなんて、勝ち目がなさすぎる。  オレと藤堂だったら……やっぱ藤堂だよなぁ。  オレも絶対藤堂派だし。  誠人だって、弓月さん抜きで考えたら、藤堂にあんな事を言われたら悪い気なんてしないだろうし。  軽く落ち込んだオレの頭に、誠人の手が乗った。  いつも撫でてくれるその手は、今日も優しく髪に触れる。 「なんだよ」  咄嗟に手から逃げて、ちょっと不機嫌に言った。  悪いのは誠人じゃなくて、いつまで経っても信じきれてない自分なのに。 「瀬口も落ち込むから、そういう事は言わないで」  オレが避けてしまった手を持て余すように引っ込めて、誠人は藤堂に向けて淡々とそう言った。  恥ずかしすぎる。  思考を読まれて落ち込んでしまったのがバレてるのも、頭撫でて慰めようとされるのも、フォローされるのも、全部情けなくて恥ずかしすぎる。 「だっ、誰が落ち込んでるって!?」  と、逆ギレしてしまうのも情けないぞ、オレ。 「瀬口が」 「落ち込んでねぇよ」 「そうか」 「そうだよ!」  意地になって否定して、表面上ではなんとか納得させた。  だけど、何か空しい。  誠人に比べたら、弓月さんの表現って分かりやすそうだよな。  別に不満って訳じゃないけど、分かりやすいに越した事はないと思う。  オレから言わせてもらえれば、そっちの方が「羨ましい」。  だからって、誠人が弓月さんみたいだったら困るんだけどな。  何て言うんだっけ、こういうの。  ああ、そうだ。 「青いんだっけ」 「は?」  ポツリと出てしまったオレの呟きに、藤堂は意味が分からないというように眉を顰めた。 「隣の芝生って、青いんだよな」  微笑って言ってみたら、藤堂は少しムッとしたような表情の後に諦めたような溜め息を漏らした。  藤堂も分かっているようだ。  他と比べて羨んでみたって、藤堂には弓月さんだし、オレには誠人なんだ。  分かっていても言わずにはいられない気持ちもよく分かるから、さっきオレが少し落ち込んでしまったのもなかったことにしてやろう。  でも、こっちの芝生だって、十分青いよな。  と、誠人を見やったら目が合って、分かっているのか分かってないのか知らないけど、微笑まれてしまってちょっと焦った。

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