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《番外》振り返らずに進め -1【伊原】
※この話は、今までに一切登場していない人物視点です。
※あまり深く考えずに、軽い感じでお読みください。
好きな人ができたので告白をしたら、あっさりと振られた。
相手は高校の先輩で、現在3年生。
2つも年上とは思えない程カワイイ人だ。
その名も藤堂 彼織 先輩。
外見や名前から、瞬間的に女の子だと判断してしまいそうになったが、ウチは男子校なのでその判断が間違いだったと気づくのにそう時間は掛からなかった。
逆に言えば、私服の共学だったら一生気づかなかったかもしれない。
いや、男子の制服を着ていても、何らかの事情により女子が男子の制服を着ているのだと勝手に思い込んでいただろう。
そのくらいカワイイのだ。
見た目は勿論、性格も。
色素の薄いサラサラの髪に、白い肌と吸い込まれそうに大きな瞳。
黙って座っていれば人形のような容姿だというのに、自分に無頓着な振る舞いと男前な言動のギャップにやられてしまった。
入学してから1週間で好きになって、更に1週間で告白した。
返事はその場で、かなり喰い気味に「二度とそのツラ見せるなっ!」と怒鳴られた。
2週間での玉砕という早いサイクルの所為か、あまり振られた気がしない。
怒鳴られた直後、立ち去っていくその後姿を見送りながら、次はいつ告白しようかと考えていた。
「そのツラ、二度とオレの前に晒すんじゃねぇって言ったよな?」
登校したばかりの彼織さんを昇降口で出迎えると、挨拶より先に眉間に皺を寄せてそんな言葉を浴びせられた。
朝から眩しいくらいに輝いている彼織さんは、怒った顔もやはり可愛い。
これで3年生なんだもんな。
とてもじゃないけど、年上にも思えない。
「その事なんですけど、聞かなかったことにしました」
「……は?」
「よく考えたら、彼織さんって俺の事何も知らないじゃないですか? そんなんじゃ、かなり不利だと思うんですよね。だから、もっとよく知ってもらってから、また挑戦します」
ポジティブな思考で辿り着いた結論を披露すると、彼織さんの表情はみるみるうちに曇っていった。
「挑戦て何だよ、挑戦て! オレは山頂じゃねぇっつーの!」
「あー、でも、彼織さんが山だったら、相当高い標高ですよね」
「高山病にでもなってしまえっ」
投げ槍にそう言い捨てた彼織さんは、下駄箱から取り出した上履きをスノコの上に乱暴に投げた。
片方は裏返っていたけど、それは足で器用に表に直して履く。
その一連の動きをただ見ているだけでは物足りなかったので、彼織さんが脱いだ靴を取って下駄箱に入れようとした。
「余計な事すんな」
俺が持っていた靴を奪い取って睨む。
そんな厳しい目も可愛いんだから、この人の可愛くない所を探す方が大変だ。
「じゃあ、鞄持ちます」
「自分で持つからいい」
差し出した俺の手を無視して、素っ気無い態度で歩き出す。
しつこいようだが、後姿も当然可愛い。
「じゃあせめて、教室までお供します」
足早に追い付いて言った。
「いらねぇよ、邪魔だし」
「そんなこと言わないでくださいって」
スタスタと歩く彼織さんに付いて行くと、妙に周囲の視線を感じる。
彼織さんの通り道は、海が裂けるように人が避けていく。
というのは少し大袈裟だろうか。
歩道に車が突っ込んできた時のように、慌てて避ける感じ。
皆できるだけ距離を保って、遠目に見ているのが当然というような反応だ。
そんな人に付いて歩いている俺も、必然的に注目を浴びてしまっているのだ。
しかも、彼織さんはともかく、俺に対する視線はかなり冷ややかだ。
自分達にはできない事をしている俺が羨ましいんだろう。
まったく、小さい奴らめ。
「あれ? また藤堂に付いてきちゃったんだ?」
彼織さんの隣(正確には後ろだけど)を歩く優越感に浸っているというのに、嫌な声が聞こえて台無しとなった。
3年生の教室に向かう途中の階段で、彼織さんと同じクラスの先輩に会ってしまった。
聞いた話によると、この先輩は彼織さんと3年間も同じクラスで一番仲の良い友人だという。
その所為か、やたらと俺の邪魔をするのだ。
彼織さんと喋っていると絶対に間に入ってくるし、その上、俺から離そうとどこかに連れて行くし。
俺に彼織さんを取られると思っているのだろう。
勿論そのつもりだけど、元々この先輩のものでもないだろ。
正直言って、全く彼織さんと釣合ってない。
背はそれほど高くないし、顔だって先輩とは思えない童顔で、どちらかと言えばカワイイ系だ。
カワイイ、と言っても男っぽくないという意味で、彼織さんの足元にも及ばない。
どう客観的に見ても、絶対に俺のが彼織さんに似合っていると断言できる。
「えっと……伊原 くんだっけ?」
名乗った記憶なんて無いのに、何故か俺の名を知っているのが気に入らない。
こっちはあんたの事なんて、彼織さんの友達ってくらいしか知らないっつーの。
「教室、こっちじゃないだろ」
無意識に睨んでいた俺を見て、先輩は苦笑して諭すようにそう言った。
そんな事、言われなくたって分かってる。
「付いてくんなって言ってんのに、勝手に付いてくるんだよ」
鬱陶しそうな彼織さんの説明に若干傷付く。
懐いている後輩くらいにも思ってくれてはいないようだ。
「藤堂、先に教室に行ってて」
唐突にそんな事を言い出したのは、邪魔な方の先輩だ。
「オレは伊原くんとちょっと話をしてから行く」
「はぁ!?」
思わず抗議の声が出てしまった。
一体何を言い出しやがるんだ、この先輩は。
俺と彼織さんを引き裂くだけじゃなく、一言物申すとまで抜かしやがる。
どこまで人の邪魔をすれば気が済むんだ。
そのイラつく行動を評して、ジャマ者先輩と呼んでやろう。
「話って、何を言う気だよ」
ジャマ者先輩の申し出に、彼織さんが怪訝な表情になった。
どうやら、彼織さんもその申し出を良くは思っていないようだ。
「ちょっとした話し合い。余計な事は言わないから大丈夫だよ」
「何だよ、余計なことって」
「うん、まぁ……だから、そーいう事」
全く意味の分からない会話だったが、悔しい事に2人には通じていたらしく、彼織さんは渋々というように納得した。
ちらりとこちらを伺いながら階段を登って行ってしまった。
せっかくの朝の楽しい時間が、こんな形で中断されてしまうなんて。
全部こいつの所為だっ。
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